色々と会社をまわったり、散歩したりして自分の生きる意義について本気で考えてみる
新入社員として会社に入って感じたワクワク感は、3年経った頃には感じなくなっていて入れ替わるように本当に自分はこれでいいのかという疑念に変わった
どうにか自分に鞭を打って今までの残りの2年間頑張ってはみたが、もう心と身体が分離してしまってふと自分を見ると傷だらけだった
疲れた、もう身体は動かなかった
なんで、なんで、が頭の中をひたすら走り回る
理想とする自分に負けた、もうダメだと思った
ふと全てがどうでもよくなって肩の荷がおりた
そこで自分が何をそんなに背中に担いでいたかに気づく
周りの評価、親の理想の自分、同僚の目線そんな諸々な、今まで自分で勝手につくってきた~でなければならないに絡まりまくって自分で自分を動けなくしていた
それ故周りにも同時にそれを求めてしまいどれだけ得られるかでしか自分の価値を測れなくなってしまっていた
周りの人はなんであんなに楽しそうなのだろう、なんで自分はこんなに不幸なのだろう
記憶がある幼少時代に気づいたときにはそう考えていた
やっと分かった
どうやって得をしよう、どうやってあいつを出し抜こうとばかり考えていたことが自分を作っていたんだ
周りの気遣いも全く考えずに
あくまで自分、とことん自分
自分が良ければ良い
あるものに目もくれず、なんで与えてくれないのかばかり愚痴っていた
言霊とはまさにこの事だ
言葉にした事が自分を創る
以前は周りのベルトルに自分のベクトルを合わせようとしてアクセルとブレーキを同時に踏んでいたみたいだ
そりゃ常にイライラするのも当然である
自分が出来ないのを他人に照らし合わせて他人のせいにして自分を傷つけ続けていたのだから
とりあえずやってみよう、気になる事なら何でも
今は自分も良くて相手も良いwin-winになれば良いと自然とわかる
どれだけ人に与えられたかで人生の価値は決まる
今となってはどれだけ恵まれているかわかる
家もある、仕事もある、人にもこれ以上ないほど恵まれている
そもそも日本という世界一安全といえる国に生まれて生きる事に困る事なく今まで生きてこられた
他に何を望めるだろうか
欲が悪いとは言わない
人を突き動かす原動力はまさにこれなのだから
しかし必要以上に物でも情報でも現在は溢れ、得る事に焦点があってしまうのもまた事実
その世界も少しずつながら、しかし加速度的に全ての人が信じている理想の世界へと近づいていると確信している
その中で自分らしく生きて、自分のできる事を精一杯全力でして生きたら自ずと幸せになれると分かった
目に見える世界が皆んな違っているとは薄々思ってはいたが、自分でもビックリするぐらい違っていた
今これを分かって良かった
残りの人生を全力で生きれそうだ