8月6日… かつて、やっていたバンドのボーカルが広島出身だった。
1945年広島。一発の原爆で、20万人以上の命が奪われた事も、放射線で10日以内に、無傷の人も急死した事も、皆知っているだろう。充分残忍な兵器なのがわかる。 しかし、あまり知られていない残忍性… 爆心の火球の温度は3000℃。人間の皮膚は溶けて、体からぶら下がる。砂も屋根瓦も燃えた。
爆心は急激に気圧が上がり、爆風となって、外へ押し出す。そして真空になった爆心へ向けて、猛烈な爆風が吹き戻り、建物を潰し、吹き飛ばし、破片で次々と人を殺していく。一方、気圧の変化著しい爆心付近の人々は、膨張した気圧で、眼球が飛び出しぶら下がり、或いは内臓が体外に飛び出した。
摂氏3000℃で焼かれた体で、1日・2日と生き延びた者もいる。
飛び出した眼球を手のひらに乗せて逃げ惑った者もいる。
皆火傷でリンパ液が皮下に溜まり、顔がパンパンに膨らみ、目も鼻も口もわからぬ有り様。家族ですら、判別できない姿になっていたという。
火災を免れた地域まで爆風は届き、ガラスを粉々に砕き、人々の体に突き刺さった。
一般的に言われる「戦争を終結させる為」の使用などではない。
実験成功から2週間での実戦使用。広島のウラン型と長崎のプロトニウム型の2パターンでのデータ収集。
ポツダム宣言受諾までの期間に、急いで実戦使用された原爆は、明らかにデータ収集と、ソビエトに対する威嚇の為だった。
戦争の是非を問う事は安直だ。
ただ、そんな人間の姿と思えぬ姿になって亡くなった、非戦闘員が何十万人といた事を、忘れてはならない。
それが戦争である事を。

1945年広島。一発の原爆で、20万人以上の命が奪われた事も、放射線で10日以内に、無傷の人も急死した事も、皆知っているだろう。充分残忍な兵器なのがわかる。 しかし、あまり知られていない残忍性… 爆心の火球の温度は3000℃。人間の皮膚は溶けて、体からぶら下がる。砂も屋根瓦も燃えた。
爆心は急激に気圧が上がり、爆風となって、外へ押し出す。そして真空になった爆心へ向けて、猛烈な爆風が吹き戻り、建物を潰し、吹き飛ばし、破片で次々と人を殺していく。一方、気圧の変化著しい爆心付近の人々は、膨張した気圧で、眼球が飛び出しぶら下がり、或いは内臓が体外に飛び出した。
摂氏3000℃で焼かれた体で、1日・2日と生き延びた者もいる。
飛び出した眼球を手のひらに乗せて逃げ惑った者もいる。
皆火傷でリンパ液が皮下に溜まり、顔がパンパンに膨らみ、目も鼻も口もわからぬ有り様。家族ですら、判別できない姿になっていたという。
火災を免れた地域まで爆風は届き、ガラスを粉々に砕き、人々の体に突き刺さった。
一般的に言われる「戦争を終結させる為」の使用などではない。
実験成功から2週間での実戦使用。広島のウラン型と長崎のプロトニウム型の2パターンでのデータ収集。
ポツダム宣言受諾までの期間に、急いで実戦使用された原爆は、明らかにデータ収集と、ソビエトに対する威嚇の為だった。
戦争の是非を問う事は安直だ。
ただ、そんな人間の姿と思えぬ姿になって亡くなった、非戦闘員が何十万人といた事を、忘れてはならない。
それが戦争である事を。

海が見たいと言うから、茜色の空に向かって、車を走らせる。 広いショッピングモールを一緒に端から端まで見てまわり、ご飯を食べに行く。
そして、海辺に行き砂浜を水際まで歩く。気温は夜になっても29℃。水温も生ぬるい。波打ち際に手をつける君を眺め、少し涼しい場所が恋しいと、標高900メートルの高原に寄り道して帰る。高原は気温20℃。風と共に霧が流れてくる。神秘的な風景に包まれて、日付は変わった。
「誕生日おめでとう」
いきものがかり の「茜色の約束」が頭の中に流れる。二人とも大好きな曲。
♪♪泣いて 笑って 繋いだこの手を、最後の時まで離さないでいて
この先の道もまた二人で 歩いていこう 歩いていこう…♪♪
そして、海辺に行き砂浜を水際まで歩く。気温は夜になっても29℃。水温も生ぬるい。波打ち際に手をつける君を眺め、少し涼しい場所が恋しいと、標高900メートルの高原に寄り道して帰る。高原は気温20℃。風と共に霧が流れてくる。神秘的な風景に包まれて、日付は変わった。
「誕生日おめでとう」
いきものがかり の「茜色の約束」が頭の中に流れる。二人とも大好きな曲。
♪♪泣いて 笑って 繋いだこの手を、最後の時まで離さないでいて
この先の道もまた二人で 歩いていこう 歩いていこう…♪♪
