視点を変えると
こんにちは。日本エンジェル・アウェアネス協会の藤野由希子です。いつもありがとうございます!
お友だちのブログに紹介してあった産経ニュースの記事がとても印象的でした。
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劇団四季 地獄巡りをする「資格」
産経新聞 2011/11/11 【from Editor】
劇団四季のオーディションを見る機会を得た。700人の応募者の中から最終審査に残った112人がダンスや歌唱、演技などを披露している間、私は審査開始前に浅利慶太代表が彼らに語った言葉の意味を考えていた。
舞台を見て感動したのがきっかけ、という多くの受験者が持つであろう素直な気持ちを浅利氏は「それは『やる側』でなく観客の立場。芝居は『見る天国、やる地獄』だ」と突き放した。技量は短時間で把握できても、芝居をする筋力を鍛えるために連日繰り返される訓練をやりきる力があるかまではわからない、とも語った。実際、別枠で審査する研究生は半年で半分になることも多いらしい。
まず考えたのは「型にはめられる覚悟」だ。才能があり、自信を持つ者ほど、型にはめられて個性や才能が殺されることを嫌う。だが、それで失われる才能や個性は結局、その程度のものでしかない。型にはまったところからにじみ出し、突き破って飛び出すのが真の個性、才能と考える覚悟が必要ではないか。
また、訓練で培われる筋力をどんな条件、環境の下でも実力を発揮できる力、と言い換えてみた。力量はあっても出来はその日の調子次第、では話にならない。
どうやら、これらはあらゆる職業に通じそうである。味が日によって違っては、料理人は成り立たぬ。厳しい修業を通じて会得した自分の味を常に提供できるようにする。「食べる天国、作る地獄」。私たちの場合は「いい記事を読む天国、書く地獄」となる。
偶然だろうが、劇団四季が現在上演している「コーラスライン」はオーディションが題材だ。ほぼ全編が照明を抑えたオーディションシーンであり、軽快な歌、ダンスをまじえて次々に語られる登場人物たちの人生はどれも重く暗く、「地獄巡り」を思わせる。
そして、最後の最後に出現するまばゆい光の世界。わずか1曲分の至高の時は、そこにつながる地獄を丁寧に見せられた後だけに、輝きを増す。私たちは自分の日常を投影し、共感し、感動する。彼らがめざすのが主役級でなく、スターを引き立てるバックダンサーだからなおさらだ。
審査の結果、劇団四季には今回25人が合格したという。彼らは地獄巡りの資格を手にしたといえ、心から祝福したい。これは、これから社会に出ようという若者、私自身も含めてすでに社会に出ている人すべてに送りたいエールでもある。(編集長 小林毅)
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『見る天国、やる地獄だ』という言葉に「なるほど~」と思いました。
というのは、インストラクター講座を始めて数ヶ月、これまでのセラピスト講座とは違う。インストラクター講座は「あり方」のみを徹底して学ぶような講座。
なぜ「あり方」を学ぶことが大事なのかというと、セラピストという仕事は「あり方」がすべてだと私自身思っているからです。
「家族の目が気になって、自分が好きなことをする勇気がでない」
というクライアントさんがいたとします。
もしセラピスト自身が「家族の目を気にする」というテーマを持っていた場合、自分がそのテーマに気づいていないあるいは無意識だと、「人目を気にして生きていくのが人生なのよ」とセッションの場で伝えてしまう可能性があります。
もちろん、言葉では「人目を気にして生きなさい」とは言わないと思います。
ただ、人は話されている言葉よりも、「あり方」からメッセージを受け取るので、結果的に「人目を気にして生きていかないといけないんだ。だってあの人もそうなんだから」と思ってしまったり。
人は「自由に生きていいよ」と言葉で言われたことを受けとるのではなく、人はその人が本当に自由に生きているかどうかを見ていたりします。
「受ける側」から「やる側」に視点を変えること。意識を変えること。「あり方」を見つめていくこと。
この記事を読みながら「ふむふむ」とうなづいています^^。
お友だちのブログに紹介してあった産経ニュースの記事がとても印象的でした。
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劇団四季 地獄巡りをする「資格」
産経新聞 2011/11/11 【from Editor】
劇団四季のオーディションを見る機会を得た。700人の応募者の中から最終審査に残った112人がダンスや歌唱、演技などを披露している間、私は審査開始前に浅利慶太代表が彼らに語った言葉の意味を考えていた。
舞台を見て感動したのがきっかけ、という多くの受験者が持つであろう素直な気持ちを浅利氏は「それは『やる側』でなく観客の立場。芝居は『見る天国、やる地獄』だ」と突き放した。技量は短時間で把握できても、芝居をする筋力を鍛えるために連日繰り返される訓練をやりきる力があるかまではわからない、とも語った。実際、別枠で審査する研究生は半年で半分になることも多いらしい。
まず考えたのは「型にはめられる覚悟」だ。才能があり、自信を持つ者ほど、型にはめられて個性や才能が殺されることを嫌う。だが、それで失われる才能や個性は結局、その程度のものでしかない。型にはまったところからにじみ出し、突き破って飛び出すのが真の個性、才能と考える覚悟が必要ではないか。
また、訓練で培われる筋力をどんな条件、環境の下でも実力を発揮できる力、と言い換えてみた。力量はあっても出来はその日の調子次第、では話にならない。
どうやら、これらはあらゆる職業に通じそうである。味が日によって違っては、料理人は成り立たぬ。厳しい修業を通じて会得した自分の味を常に提供できるようにする。「食べる天国、作る地獄」。私たちの場合は「いい記事を読む天国、書く地獄」となる。
偶然だろうが、劇団四季が現在上演している「コーラスライン」はオーディションが題材だ。ほぼ全編が照明を抑えたオーディションシーンであり、軽快な歌、ダンスをまじえて次々に語られる登場人物たちの人生はどれも重く暗く、「地獄巡り」を思わせる。
そして、最後の最後に出現するまばゆい光の世界。わずか1曲分の至高の時は、そこにつながる地獄を丁寧に見せられた後だけに、輝きを増す。私たちは自分の日常を投影し、共感し、感動する。彼らがめざすのが主役級でなく、スターを引き立てるバックダンサーだからなおさらだ。
審査の結果、劇団四季には今回25人が合格したという。彼らは地獄巡りの資格を手にしたといえ、心から祝福したい。これは、これから社会に出ようという若者、私自身も含めてすでに社会に出ている人すべてに送りたいエールでもある。(編集長 小林毅)
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『見る天国、やる地獄だ』という言葉に「なるほど~」と思いました。
というのは、インストラクター講座を始めて数ヶ月、これまでのセラピスト講座とは違う。インストラクター講座は「あり方」のみを徹底して学ぶような講座。
なぜ「あり方」を学ぶことが大事なのかというと、セラピストという仕事は「あり方」がすべてだと私自身思っているからです。
「家族の目が気になって、自分が好きなことをする勇気がでない」
というクライアントさんがいたとします。
もしセラピスト自身が「家族の目を気にする」というテーマを持っていた場合、自分がそのテーマに気づいていないあるいは無意識だと、「人目を気にして生きていくのが人生なのよ」とセッションの場で伝えてしまう可能性があります。
もちろん、言葉では「人目を気にして生きなさい」とは言わないと思います。
ただ、人は話されている言葉よりも、「あり方」からメッセージを受け取るので、結果的に「人目を気にして生きていかないといけないんだ。だってあの人もそうなんだから」と思ってしまったり。
人は「自由に生きていいよ」と言葉で言われたことを受けとるのではなく、人はその人が本当に自由に生きているかどうかを見ていたりします。
「受ける側」から「やる側」に視点を変えること。意識を変えること。「あり方」を見つめていくこと。
この記事を読みながら「ふむふむ」とうなづいています^^。