いやな人に「ありがとう」を思ってみると | 藤野由希子のブログ

いやな人に「ありがとう」を思ってみると

「いやな人」という人が世界に存在するわけではありません。

ただ「いやだと感じる自分の心」が存在していて、その人を「いやな人」として認識してしまうことがあります。

「いやだなと感じる自分の心」が悪いか、というと、これは別に悪いわけではありません。

ただ「何かをいやだと感じる」ということは、逆を言えば自分が望んでいることに気がつく、気づきのチャンスなんですよね!

「いやな人」が悪いわけではなく、元をたどってみると、自分がはっきりと「No」と言っていなかった、自分がいやなことをされても「それでいい」というような態度をしていた、自分のなかにも原因があります。

ただ原因を見つけ出そう、過去のこの態度を改めよう、と思ったところでらちがあからないので、

「いやな人」「いやなこと」は自分の望みを教えてくれる大切な宝物としてとらえてみる。

自分は「こうしたことがいやだ」と教えてくれて、自分が望む道を教えてくれているととらえてみると、気持ちが楽になり、本当に「望んでいること」が見えてきます。

「いやな人」には「嫌い」ではなくて、「ありがとう」の視点からとらえてみると、解決法が見つかり、自分の望む生き方を見つけるというボーナスまでやってきます!