娘は、大学2年生。
小学6年から不登校が始まり、中学入学を機に学校へ戻りましたが、再び不登校。
復学支援の「Go Today」さんで
「親が変われば子も変わる」
ご指導いただきまして
中学2年から復学。継続登校しています
先日、2022年のあるブログ記事を遡って読んでいました。
そこのコメント欄で同じように不登校に悩むお母さんを見つけました。
当時、中学生で不登校だったお子さん。
「今はどうされているのかな?」
ふと気になり、現在のブログを訪ねてみました。
そこにあったのは、思い描いていたような「ハッピー」ではありませんでした。
今年、通信制高校を経て、大学へ。
しかし、大学生になった娘さんは、
今も強い不安と闘い、大学に通うこと自体がとても苦しそうでした。
そして、お母さんのブログには、胸を締め付けられるような言葉が綴られていたのです。
「娘を解放してあげたい」
やはり、大学という環境はハードルが高かったのだろうか。
この苦しみは、一体いつまで背負い続けなければならないのだろうか。
言葉にできない重い空気が、画面越しに伝わってきました。
過去を乗り越えたように見えても、
ある一定数の方は、形を変えながらずっとこの苦しみを抱え続けているのが現実なのだと、突きつけられた気がします。
実は、私の身近にも同じような家庭があります。
中学、高校と不登校のまま、20歳になった今も家から出られないお子さんがいます。
私の娘と同い年です。
20歳といえば、世間では成人し、それぞれの道を歩み始める年齢。
その年齢になってもなお、家族全員がトンネルの中から抜け出せずにいるのです。
こうした現実を目の当たりにするたび、世間に溢れるある言葉に、強い違和感と、ある種の「危うさ」を覚えざるを得ません。
「不登校でも大丈夫」
世の専門家やインフルエンサーは、よくこの耳当たりのいいフレーズを口にします。
心を休ませるため、一時的にそう声をかけることが必要な場面があるのは分かります。
しかし、20歳になっても、あるいは大学に進んでもなお、我が子の苦しむ姿に「解放してあげたい」と涙を流す親御さんがいる。
今この瞬間も、出口の見えない暗闇で、親子で足元をすくわれそうになりながら耐えている家庭があるのです。
そうした現実を置き去りにしたまま、
無責任に「大丈夫」と唱え続ける風潮は、
当事者にとって救いになるどころか、
むしろ現実を直視させない「綺麗事」であり、
時に残酷なメッセージにすらなり得るのではないでしょうか。
綺麗事だけでは救えない現実が、確かにここにあります。
だからこそ、一過性の安心感を与える言葉ではなく、もっと本質的な、長期的な視点に立ったサポートもセットじゃないと、「不登校でも大丈夫」とむやみに発信もどうかと思う。
国も自治体も、そういう視点でサポートあればいいですが、実際問題、家庭でなんとかするしかない。
いま、不登校で悩む方へ
不登校を諦めないで。
でも、簡単ではない事も書いておきます。
気になる方は、是非
復学支援を受けたお母さん達が
座談会をされます。
あの時、どんな心境で復学支援を受けたのか
今の気持ちや、その後のお子様の話しを
あなたの目と耳で確認してください。
不登校経験し、終わらせた人達の話しを聞いてみませんか?
札幌で説明会があります!
こちらも、依存期に親の関わり方が大事な事を書かれています。
毎ズバリ!で共感しました。



