痛い日記 -106ページ目

怖い夢

子供がいたの。私の子。
零歳のはずなのに、小学生くらいの女の子。

どんどん先を行くその子を呼びたくても名前が思い出せなくて
「こっちに来なさい」としか言えない

なのに駆け寄りもせず手も繋がない
素直にこちらに戻ってくるその子を抱いて泣いても
子供はむずかって私の腕から抜けて行く
私は読み途中の本の続きのことを考えている
また先を行ってしまうその子は、目の前で何度も何度も転ぶ
転んでも転んでも「大丈夫」と痛々しく笑う

その子はすごく私を愛していたわ
私を怒らせないように一生懸命顔色を伺って

私はそれがとても気に入らなくて
その子に対して罪悪感しか抱けなくて
その子がちっとも可愛く思えなくて
愛せなかったの

「愛せなくてごめんね。」
「いいよ、ママ。」
最期に、子供が喜ぶはずもない高級なディナーを食べて
花火の上がる夜景に飛び込もうとして
夢から覚めた。


リアルすぎ怖すぎ
ネグレクト確定だわ私


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人格交代

なんか久々にやらかした感が。…?
よくわからんけど
自動操作スイッチ入ってた。
やばいっす。不安。
はやく出勤してとりあえず謝って安心したい。


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ベルフェゴール退治

心が散らかっているとお部屋も散らかるのです。
いまのこのベッド周りの混沌は正しく孤独を癒すためのものだ。
モノを集めるということはすなわち心の隙間を埋めるということ。

全てを捨てて身軽になりたいという気持ちと、様々なものに囲まれて縛られていたいという気持ちは、矛盾しない。
集めるから捨てたくなるのだし、捨ててしまうからまた欲しくなる。
マイナス無限大とプラス無限大は繋がっている。
スイッチの問題だ。どこが出発点なのかという違い。

これは物欲の問題ではない。
人間はからっぽだから、自分が自分たり得るために、自分以外のヒトやモノがどうしても必要なのだ。
みんなおなじよ。
私は、ヒトよりモノのほうが比重が大きいというだけ。

「自分」なんて相対的なものでしかない。
いろんなガラクタで武装して私は私を構成する。
だから私の部屋にあるものは全部私。
ひいては、この部屋が私そのもの。

モノが少ない生活って憧れるけど、私はモノに縋らなければ自分を見失う。
だからせめて、そんな可哀いモノたちを在るべき場所に納めてあげなければ。
人より多くのモノを持ちたがるならばこそ、人より整理整頓には気を使わなければならない。
ただの弱さにしてしまわないために。

つーか要は本だよ問題は。
読んだら捨てりゃいーんだよ本当は
捨てられないんだよつまらかったとしても。
本棚買い足しても買い足してもその分本が増えるだけ。
価値ある書籍なんて一握りなのに


ああ掃除を始めなければ
長い!ここまで長すぎる!さっさとやれ!
レッツぱーりたいむ!


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