先日の内容の続きになります。
NICUにて治療をしているおチビさんに、少しずつ出始めた母乳を飲んでもらう(飲むと言うよりは垂らす程度しか搾乳できませんでしたが)状況です。
おっぱいマッサージは、産前にはあまり行うことができませんでした。
うまくできていなかったのか、痛みが強くなってきてしまって触ることを控えていました。
上手にできていたら搾乳にも困らなかったのかな…
最初は5mlの細いシリンジに0.02mlとか。
これが母乳なの?と思ってしまうくらい。
助産師さんにマッサージをしてもらいながら、毎度少しずつ量を増やしていくことができました。
マッサージの際には結構グイグイとされるのですが(笑)自分的にはそこまで痛くなく、「ごめんねー痛いよねー?」と言われては「全然大丈夫ですー^ ^」と返していました。
(思い返すと、この『ある程度の痛みには強い』のが、陣痛をギリギリまで自宅で耐えてしまったことにもつながってくるのかもしれませんが…)
少しずつ増える母乳をNICUに届けているうちに、おチビさんに取り付けられた鼻から酸素を肺に送る太いチューブが、細く鼻の横を通過するものに変更になっていて授乳の許可がおりました。
この時はとても嬉しかったです。
「え?おっぱいあげていいの?」
普通に言葉が出てました。
(実際言ったのは「いいんですか?!」ですが)
初めての授乳は、おチビの抱え方もぎこちなくおそらくほとんど母乳も出ていなかったかもしれないですが、とても思い出深いものになりました。
それ以降はおチビが泣く時間と搾乳時間が重なればNICUに授乳へ行き、まだ泣いていなければ病室で搾乳するというスタイルに変わりました。
そんなこんなで、あっという間に私の入院期間が終わり退院になります。
退院の準備を済ませ退院前に最後にNICUに会いに行った時、おチビを置いて先に退院するのが苦しくて苦しくて、泣くまいと思っていたのに抱っこしながら泣いてしまいました。
先に1人で退院してごめんね。
毎日会いに来るから。
家でおっぱい搾って、毎日持ってくるから。
おチビも頑張っておっぱい飲んで、
早くお家に帰ろうね。
そう言って私は先に退院しました。
賛否あるかと思いますが、私は退院当日から自分で車を運転しています。
当日はどうしても買いたいものがあったので近所のコンビニまででしたが、翌日からは母乳を届けるために病院に通ってます。
病院では「体に負担にならない程度なら運転しても構わない」と言われていたので無理しない程度に運転しています。
旦那が休みの日には旦那と一緒に行っていますが、そうでない日は運転してでも会いに行きたいからです。
3時間おきに搾乳して冷凍、冷凍したものを持ってNICUに行きお世話をしながら時間を見て授乳をする。
大変ですが、おチビのためなら頑張れます。
太い酸素チューブから細いものになりましたが、私が退院した日の夜に旦那と2人で会いに行った時には細いチューブも外すことができていました。
顔の周りがすっきりして一つ安心しました。
GBS感染症の炎症の数値もだいぶ落ち着いてきて、あとは退院できるくらいになるまで頑張れば!
…と思っていたんですけどね…。
(続きます)
