久し振りにお気に入りの小説に出会った。
誰も死なず、殺されず、事件もなく、謎解きもない。私はこういう小説が大好きだ。
*場づくりのこと
「ただくつろぐことがひどく苦手な人々が、肩の力を抜いて、投げやりな沈黙もトゲのある言葉も忘れて、気楽に物を食っている姿を見るのは、どうしても特別の感慨があった」
同じ場にいるのに、別々の想いで、別々のことをしていて、
でもご飯を食べるときは同じ場に集まって同じ時間を共有して、同じものを食べる。
中心に「食べる」という行為があって、その周りに「自」を分けた「ひと」がいることを認識する。
そこに無理な会話も一致団結するための盛り上げも必要ない。
ただ、その場を待っている人が嬉しくなって一言、「よく来たなあ」と言えばいい。
こういう場づくりをしていきたいと思った。
*描写のこと
中でも一番好きだったのは主人公の、歯切れが良くわかりやすい心的描写。
「一度しゃべってみてから書くことにする。面倒くさい。しかも字になったものを見てみると、
どこか変だ。これでいいのかと思う。間違っていると思う。いらいらしてくる。」
意図せず集まってきた「生徒」たちに落語を教えるために、
あり得ないことだが落語の言葉を文字に落とすシーンだ。
通常は寄席やテープなどで聞いて暗記するもんだから、
彼にとっては文字におこすなんてことは、胸ぐらが気持ち悪くなるくらい違和感たっぷりのことなのだ。
変で、これでいいのかと疑って、やっぱり間違ってると確信し、いらいらする。
ここまでわかりやすい描写があるか。最高だ。