「どうにもならない」もいい。 | sachiのブログ

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「一人ひとりがそれぞれに自分らしくいられる場」をつくる人
でありたいなあと思いながら働く日々を綴ります。


「どうにもならない」もいいと思う。
諦めじゃなくて受け入れるための言葉。

以前高校のベランダで高校生が友だち数名ふざけあっているうちに
柵から落ちて大怪我をする事件があった。
両親は猛烈に訴え「先生は休み時間何をしていたのか」「学校の構造は」
「柵の点検が半年に一度しかないとはどうゆうことだ」「その友だちを出せ」と糾弾した。
学校長は取材に対して「申し訳ない」と謝罪。
柵は危険のないように工事されたばかりだった。
しかしながら「落としあいごっこ」という高校生のふざけあいには適わなかった。

世の中の現象すべて「人間が頑張ればなんとかなる」って
思っているのはなんだか傲慢な気がする。
人間が予測できないことは起こる。
人間の意志でどうにかなることとならないことは確実にある。
好きだった男の子にふられるように
どうにもならないことは起こる。
「どうにもならない」と諦めるのは好きじゃないけど
「どうにもならないから頑張ろう」と受け入れるのは好きだ。

宗教観がほとんどなくなって、権利意識と糾弾能力が高まった日本人。
「どうにもならない」という自然観は通用しないのか。