最近、親にもいい顔しないと決めてから、本当に感謝が湧いてきた時にしか
『ありがとう』を使わないと決めてから、早速電話で苦情が、、、


『娘の入学祝い送ったのに、ありがとうの連絡もないのはおかしい』と。


私『私は、あなたに頼んだつもりはな    い。』
 『送りたいから送ったんでしょ?』

母『あんた、それおかしい。』
 『他の孫達にもしてきたから、みんなに  やってあげようと思って送ってるの   に、、、送ってもらったらありがとう  でしょ?』と。


多分、今まで好き放題させて貰えてたら、私もこんなことでひねくれたりはしなかっとはず。

だって見ず知らずの人がお金くれたら、
『いいの?やったー!ありがとう!』って自然に思えるもん。

ただ、いい子ちゃんしてた私は、親からの贈り物には、
『何かしら返さないといけない』
『また親の期待にそう、いい子しなきゃい けない』

という感情が乗っかってくる。

だから、今回はずーっと子供の頃の事を引っ張り出して、初めて大声で母に言いました。

『何一つ私の思う通りにはさせて貰えなかった』

『お母さんはいつも怒ってお茶碗洗ってたイメージしかない』

『キャプテンやって、いつもいつもみんなの気持ちばかり考えて、自分の気持ちはずーっと抑えてきた。』


色々言って、母は
『あんたそんなに我慢してたの。
 何でその時に言わなかったの。
 何で私とそんなとこが似てるの。
 ごめんね。』と。


イヤイヤ、謝って欲しいんじゃないから。

辛かったんだねって受け止めてほしいんだってば!



ダメだ。この人は全てが自分。悲劇を生きる自分。ダメな自分。どこまでも自分。



もう、お願いだから自分の幸せだけ考えて下さい。



あなたの不幸は私が一番分かってたから、私は、いい子ちゃんで、優等生だったんですよ?親を不安にさせないように頑張ってたんですよ?


あなたが大好きだったから。


私は、自分で幸せになりますから!

放っておいて!


『じゃあ、親子の縁は終わりですね』だと。

はぁー。疲れる。拗ねる親、疲れる。


『そうですね。じゃあ。』で、終了。


私は、親子の縁切ったつもりは一切ありませんが、これで、自分の本当の幸せを見つけてくれるなら、私も肩の荷が下りるというもの。


この母のおかげで、私も母親の幸せではなく、女性としての、一人の人間としての幸せを歩こうと思えたのだから、そこは感謝かな。


自分が幸せじゃないと、子供は不幸になる。

改めて、感じてるところです。