気付いたら26歳になった。



 

成人式のために髪を伸ばしていたことがつい昨日のことのように感じるのに。


特に大学院を卒業してからの2年間はとてつもなく早かった。

 

そんな26歳は第一次結婚ラッシュともいえる時期で、どんどんと友人が結婚していく。

 

大学卒業後の23歳前後のプチ結婚ラッシュは「出来婚」など、今どき順番が逆!なんて言われることはないが、


自分たち意思だけではなく、「結婚をしなければならない」という義務感が生まれたうえでの結婚が多かった。

 

が、26歳ともなると、お互いの「結婚しようか」という義務感がなく、2人の意思の元で結婚の約束が取り交わされるようになってくる。

そして出産。母親になる。

 

それはまるで植物が花を咲かせることとにているように感じる。

 

水に花が咲くのが早くなる肥料を加えて、咲かせる花が前者で、

肥料をやらなくても水だけで自然と咲かせた花が後者。


結果的にどちらも美しい花を咲かせるには変わりない。

 

しかし、自然と花を咲かせる友人が増えると、どこかひどく「焦り」を感じてしまう瞬間があるのだ。

 

小学校の私の人生プランの中で26歳はとても大人で、そして結婚しているはずだった。


しかし、気付けば私はそのまま“大人のふり”をしている女の子だ。

 

今になって分かる。

大人は絶対的な存在ではない。


だからこそ、私は結婚という大きな選択を「まだいいかな」とのばしがちである。

 

じゃあ、周りの友達はどうだろう。

正直言って大人かといわれればそうではない。

 

だけれど、一つおもうのは、結婚や出産のライフステージを迎えることで“大人”になっているということだ。

 

結婚できるのは大人になったからではない。

結婚したから大人になったのだ。

 

当然、母親になったから妊娠をしたのではなく、妊娠をしたから母親になったのだ。

 

それは強制的に大人に、母親にならなければならないという義務感と、自然な流れで訪れる。

 

そうやって人は大人に、女の子は母親になるのだ。

 

そう考えると自分が今恋愛コラムニストとして、そして26歳から新たなチャレンジをすることも、悪くないことのように思えた。

 

無理に“大人”に“母親”にならなくてもいいのだ。


いつかくるそのときに“大人”に強制的に、そして自然な流れでなれるのだから。





 

……とはいえ、適齢期である30歳までには少し“大人”になるための肥料は巻き始めようと思う。


 

そんな本日のサチコラム

結婚できない不安がある?