このたびの失恋を通して、

ちょっと垣間見えたこと。

 

そろそろ私も友人の引っ越しをせねばならない。

 

ある同性の友人がいる。

 

A

・大企業の部長秘書→営業補佐

・仕事の悩みは派遣社員が思う通りに働かないこと

・実家暮らし

・夢は結婚して子供をつくること

 

失恋した私が最初にしたのは、

あたまがふらふらした状態で婚活サイトに登録したことだった。

人格否定のようなことまで言われて私はふられたので

こんな私でもいいよって言ってくれるひとがどれくらいいるか

知りたかったのだ。

 

あと、そのあとはこの友人に失恋したことを伝えることだった。

この友人経由で失恋相手と知り合ったので、早めに伝えておきたかった。

 

ひとしきり、話の流れをつたえたが、彼女の口からでてきたのは

「うん、うん、わかるよその気持ち」

「あいつも大変だからな」

え、わかるんすか?人格否定までされて、心にビンタされたような気持ちのいまの私の気持ち、わかるんすか?

 

うすうす、こいつピンとこねえな、とおもっていたが、最後に

「やっぱさ、付き合う前に体の関係をもっちゃうとよくないみたいだから、それはあんたの反省だよね、ウン、次からはそういうことしないようにしないとね。」

 

こいつ、処女です。

つい最近、年下の彼氏ができました。

「あたしの彼氏もそういってたからさ。」

 

好きなひとができる。

心からくっつきたいと思った相手と肌を重ねる。

その経験もないやつに、あたしは失恋そうそう説教を食らったのだ。

 

この大打撃のなかにさらに私はぶっこわされ、

かなり自分の人格否定を始めることになる。

 

 

 

 

 

 

女の35歳は三つ巴。

 

結婚・子育て

仕事

趣味

 

どれに時間とお金をかけるか。

 

あー、なんでこんなこと。

昨年、「イエイ、最後のアラサー誕生日だぜ」なんて

言っていたら、まさかの片思いはじめちゃったのね。

 

大事な34歳の半分以上を片思いで費やしたわけです。

このあたりから、すでにイタイ。

 

で、けっこういいとこまでいった(つもり)だったんだけど

4月の半ばに「もう二度と付き合うとかの話をしたくねえ」と

怒鳴られて、まじでゲロ吐きそう。

そんな風におもっていると、もうひとつ嫌なこと思い出した。

 

あたし、あと5か月で35歳じゃねえか。

すでに婚活市場において「自立してて、大人の色気もあります枠」は30台前半にポジとられてる。

失恋の勢いで「東京タラレバ娘」とか読んだらもうやばいのね。

崖っぷちでもがいてる子たちがすでに年下なわけ。

 

吐血。

 

さあ、前をむいて歩きましょ、なんていわれても

実は私はこの年まで「両想い」ってのをしたことがない。

大概、

彼女はいるんだけどちょっと遊びたい女とか

妻子持ちのかるいデート相手とか

もしくは、こっちが勝手に舞い上がって失敗するとか(ああ、今回!)

そんなことばっかりなのだ。

 

さらに、周りをみると

職場は女性は既婚者のバックヤード系か

男は男尊女卑傾向のある営業マン4人。

 

おんな35歳以上よ、あたしに力をくれ。

まわりをみれば、輝く20~30代前半をともにしてきた友人は

さっさと身を固め、

ダイエットっつっても「いやーん、毎月1キロまでしか太っちゃだめっていわれているけど、おまんじゅうがたべたくて半月で2キロいっちゃった~。食べづわりってやつかな?♪」

幸せモリモリなダイエット宣言なのだ。

 

あたしの足のむくみは誰に相談すればいい。

竹内まりやのしあわせのものさしにだって

このむくみを測るほどの長さはない。

 

さあ、35、どうするあたし。

 

世の中の30代の子育てあたし素敵ブログに蓋をしているみなさま、

一緒にがんばろう。

 

ちょっと、また私の愚痴につきあってほしい。

 

モモは鼻炎?みたいで、ぷぴーぷぴーって鼻息。

いびきしてるよ、なんて笑っていた。

けれど、少しずつ食欲がなくなり、動物病院にいったら、
「呼吸困難だ」って。

まさか、そんなに苦しかったの!?

ごめん、ごめんね。

その日から毎日母は病院にモモをつれていき、
わたしは金曜日の夜に実家に帰り、日曜日に東京にかえる。

ある日、
ネットで調べて
それがプレーリードッグ特有の
不治の病だと知ってしまった。

懸命に看病する母。

やつれていくモモ。

なにもできない私。

自分の仕事のために、実家を後にする私。

やつれていく母。

ごめんなさい。
ごめんなさい。
自分のことしかできなくて。
週末しか帰れなくて。

最低なわたし。

毎日携帯をみる。
モモ生きてる?
母さんは大丈夫??

心配が、今までにないほどふくらんで、

ある日、母からモモが最後までがんばったよ、という連絡をもらいました。

自分が情けなくて、苦しくて、そして始まったのです。