もちのブログ

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日々の記録として・・・
気の向くままに・・・?

Amebaでブログを始めよう!

201904、、、、、、

いろんな体験をして、
いろんなものを見て、

いろんなことを感じて、

学んで考えて、
相手を思い、
自分を大切に。

自分の想いを言葉で行動で伝えられるように。



わたしはいつも
娘からもらってばかり。

わたしは何を娘にしてあげられるんだろうか。

長い人生なはずなんだけど、
なぜかついつい焦ってしまう   笑ニヤリ
知人でも、親戚でもありませんが、
とても悲しく寂しくて、胸が締め付けられる思いです。
ご家族の事を思うと、さらに色々なことに思いを巡らせてしまいます。


私は生まれた時から沖縄には基地があり、
軍用機の爆音を当たり前の様に聞き育ちました。

幼い頃は、爆音が聞こえるたび、
怖くて怖くて母を探し抱きついてました。
1日に何度も。

その時の恐怖の感覚は今でもはっきりと覚えています。


大人になり、
爆音に慣れてしまい、うるさいな。としか思わなくなりました。


しかし、
娘を出産し、母になった今。

娘が、幼い私と同じなのです。

爆音で、泣いて私を探します。

しがみつき、恐怖に怯えた眼差しで
こちらをみます。


私の浅い思慮で、
基地に反対とも賛成ともいえません。
どっちか?
と聞かれれば、
「どっちも。」なのです。

国と国の関係で色々あるのでしょう。
日本は戦争に負けましたから。
沖縄が負けたのではなく、
日本国が戦争に負けたのです。

その結果の基地。


ただ、私は娘を守ることから負けるわけにはいかないのです。
この爆音の恐怖に娘を怯えさせることはさけたい。
どうしたらいいのか。


翁長さん、
一度だけお会いした事があります。
その時は那覇市長時代。
沖縄の観光、歴史のお話をしていただき、
要職に就かれ、お忙しいはずなのに
偉ぶることなく、
よくしゃべるおじちゃんでした。
その際のお写真見ながら、
心が大きく揺さぶられています。

戦後からあまりにも月日が経ち過ぎて、
この基地に対する感情、
昼夜かまわず響き渡る爆音。
どうしていいのかわかりません。


未来に希望。
翁長知事のご冥福をお祈りします。


家族待合室で、朝を迎えた。
寝ようとしても、眠れなかった。
頭の中で、人工呼吸器の音、心電図の音が
鳴っているような気がして、数十分置きに目がさめる。

朝6時、朝日とともに、無事に一晩乗り切った。
もしかして、奇跡がおきて、
母さん目覚めてるんじゃないか?

そんな期待は、やっぱり願望だ。

ベットの上に横たわる母親は、
昨日のまま。
人工呼吸器につながったままだ。

親戚が持ってきてくれた朝ごはんを食べ、
そういや、昨日のお昼のお弁当が、母さんの最後の手作りご飯だったなぁ。
そんなふうに思ってると、
妹が、「姉ちゃん、これ。昨日の朝ごはん、食べないで仕事行ったでしょ。母さん心配していたよ。」と、ラップに包んだサンドイッチを手渡してくれた。

泣きながら食べた。
この味を忘れないでおこうと、何度も噛んだ。
昨日の今頃は、、、
昨日の今頃は、、、
と、母が普通に生きてた時間を回顧する。