上京決行記
何の意味もなく、短く、抽象的で断片的な夢をいくつか見た。
夢の中で僕は中学校時代の知り合いにむかって自分の信じる正義について語った。カート・コバーンと松田聖子、それも80年代の、が出てきた。
それらの夢は抽象的なのに、物事の輪郭はいやにはっきりしていた。
バスがまたどこかに着いた。
東京に着くまでに3回の休憩があったのだが、毎回どこかの地点に着くと車内の灯りが付くので僕は何度も起こされたし、車内の微妙にまずい温度と奇妙な夢の数々で僕は変な汗をかいていた。
夜行バスなので当然といえば当然なのだが、車中の窓という窓はカーテンでぴっちりと覆われ、運転席との間にも見たこともないようなカーテンがあって、気味の悪いほどの静けさのなかに僕らは閉じ込められていた。
本当に五感をフル動員しても、世界は“ここ”だけなんじゃないのだろうか、と思った。
この、自分が何かどうしようもなく、抵抗も適応もすることができないような空間にいながらにして、遠くまでに運ばれていく奇妙な体験に僕の胃はキリキリ痛んだ。
や、ただ血行が悪くなっていただけなんだろうが。
なんにせよ、そのような外界がはっきと遮断された車中である。事故が起こっても何が起こったかを理解する猶予すらないままに死ぬんだな、というような妄想だけが目蓋の裏にやってきては、僕を安全運転狂信者へ変えた。
車中の灯りが付いたとき、ぴっちとしたカーテンのわずかな隙間から光が入り込んでいた。
僕はその太陽の光にいままでに感じたことのない愛しさを感じた。
バスは横浜に到着していた。何人かの乗客が降りていった。
添乗員が残った乗客に、穏やかすぎて、逆に人をイラつかせるような声で、あと一時間半で新宿に着くと簡単に告げた。
僕はそれ以上眠る気になれなかったので音楽を聴くことにした。
いろいろ迷った結果RADIOHEADのThe Bendsを聴くことにした。このアルバム以上にグッド・ヴァイブなアルバムを僕は知らない。
夜中の車中では完全に“Airbag”だったのに朝には“Just”な気分になっていた。
20歳現時点の僕の偏った思想や物の見方はポップ・ミュージックからの影響がかなり大きいし、その中でもRADIOHEAD、もしくはThom Yorke、特にOK Computer期は別格なんだよな、と考えるうちに自分が夜行バスに乗って東京に向かっているのも、ただ日々を浪費しすることに疲れてきていた高校生の時にRADIOHEADを知って聴いたからではないのか、という少々突飛した妄想に至った。
東京に着いたとき、もう空はかなり明るくなっていた。時刻は7時半。
カチコチの身体とたゆんだ脳内血管に喝を入れて新宿の地に降り立った。
しかし、そこは思い描いていた“東京感、新宿感”はなく、ただただすべてが灰色で、うつむき加減な人々と、勝ち誇ったビル。脳内想像とは程遠い街。
あるビルの屋上にある本日の気温+6℃という電飾看板だけが妙にはっきと僕の鼻っ先に迫ってきた。
網膜はそれを刺激的とは受け取らなかった。
夢の中で僕は中学校時代の知り合いにむかって自分の信じる正義について語った。カート・コバーンと松田聖子、それも80年代の、が出てきた。
それらの夢は抽象的なのに、物事の輪郭はいやにはっきりしていた。
バスがまたどこかに着いた。
東京に着くまでに3回の休憩があったのだが、毎回どこかの地点に着くと車内の灯りが付くので僕は何度も起こされたし、車内の微妙にまずい温度と奇妙な夢の数々で僕は変な汗をかいていた。
夜行バスなので当然といえば当然なのだが、車中の窓という窓はカーテンでぴっちりと覆われ、運転席との間にも見たこともないようなカーテンがあって、気味の悪いほどの静けさのなかに僕らは閉じ込められていた。
本当に五感をフル動員しても、世界は“ここ”だけなんじゃないのだろうか、と思った。
この、自分が何かどうしようもなく、抵抗も適応もすることができないような空間にいながらにして、遠くまでに運ばれていく奇妙な体験に僕の胃はキリキリ痛んだ。
や、ただ血行が悪くなっていただけなんだろうが。
なんにせよ、そのような外界がはっきと遮断された車中である。事故が起こっても何が起こったかを理解する猶予すらないままに死ぬんだな、というような妄想だけが目蓋の裏にやってきては、僕を安全運転狂信者へ変えた。
車中の灯りが付いたとき、ぴっちとしたカーテンのわずかな隙間から光が入り込んでいた。
僕はその太陽の光にいままでに感じたことのない愛しさを感じた。
バスは横浜に到着していた。何人かの乗客が降りていった。
添乗員が残った乗客に、穏やかすぎて、逆に人をイラつかせるような声で、あと一時間半で新宿に着くと簡単に告げた。
僕はそれ以上眠る気になれなかったので音楽を聴くことにした。
いろいろ迷った結果RADIOHEADのThe Bendsを聴くことにした。このアルバム以上にグッド・ヴァイブなアルバムを僕は知らない。
夜中の車中では完全に“Airbag”だったのに朝には“Just”な気分になっていた。
20歳現時点の僕の偏った思想や物の見方はポップ・ミュージックからの影響がかなり大きいし、その中でもRADIOHEAD、もしくはThom Yorke、特にOK Computer期は別格なんだよな、と考えるうちに自分が夜行バスに乗って東京に向かっているのも、ただ日々を浪費しすることに疲れてきていた高校生の時にRADIOHEADを知って聴いたからではないのか、という少々突飛した妄想に至った。
東京に着いたとき、もう空はかなり明るくなっていた。時刻は7時半。
カチコチの身体とたゆんだ脳内血管に喝を入れて新宿の地に降り立った。
しかし、そこは思い描いていた“東京感、新宿感”はなく、ただただすべてが灰色で、うつむき加減な人々と、勝ち誇ったビル。脳内想像とは程遠い街。
あるビルの屋上にある本日の気温+6℃という電飾看板だけが妙にはっきと僕の鼻っ先に迫ってきた。
網膜はそれを刺激的とは受け取らなかった。