翔平と付き合い始めた頃、わたしはまだ実家で暮らしていました。
父子家庭だったわが家は、家庭環境があまり良いほうではなく…毎日のように父とケンカをしては『早く家を出たい』と思う日々。
母が居なくなってから、酒に溺れ、経済的にも精神的にも弱くなってしまった父は、外に出れば「良いお父さんだね」と言われることもありましたが、家ではアル中寸前の、堕落した生活を送っていました。
姉兄の中で、唯一母に似ている私に対しては特に執着心が強く、学生時代から常に父に干渉され、当時は本当に鬱陶しいと感じることしかありませんでした。
翔平と付き合い出してからも、父がハードルとなり思うように会う時間を作れなかったり、せっかく休みの日でも家の用事を言いつけられ結局1日父と過ごすハメになったり…
わたしの全てを把握されているような状況が何年間も続き、それが本当に嫌で嫌で仕方なく、ある程度オトナになってからは転職をしても親や姉兄には話さなかったり、困ったことがあっても自分で解決をしたり…
当時のわたしには「家族=頼れる存在」という方程式がありませんでした…。
今思えば、わたしが「産まれちゃった婚」を選択したのも、この家庭環境があったからなのかもしれません。
「早くここから出たい。逃れたい。」という想いがとにかく強く、翔平と付き合ってから半年後…書き置きひとつで実家を飛び出し、翔平の家に転がり込みました。
家族にはろくに連絡もせず(ほぼ音信不通)、実はまめ子が産まれるまで、父には連絡もしませんでした。
今でこそ、まめ子と一緒に父に会いに行くことも増えましたが、当時は苦痛でしかなかった父との時間…
全てが良い方向に変わっていったのも、本当にまめ子のおかげだなあとつくづく思います(╥_╥)