今日から、2~3回にわけて

不安神経症についてお話していきたいと思います。




タイトルの通り、30代の頃に

私は不安障害(不安神経症)と診断されたことがありました。

自覚症状が出たのは
30歳の頃でしょうか。



2人目が生まれ 家族が増えたことにより、

狭い賃貸暮らしから分譲マンションへと移り変わった

人生の変換期でした。



500世帯以上もあった大型マンションは
小さなアパート暮らしをしていた私にとって夢のような世界キラキラ




充実した共用スペース・広い中庭。


全ての憧れがそこには詰まっていました。



ですが、実際ふたを開けるとどうでしょう。

ちょうど、長男が幼稚園に入学した時期と重なっていたのですが


500世帯以上ともなると
幼稚園仲間(同じバス仲間が)17人以上いるのです。
※ピークは20人超えてたかも^^;




毎日の送迎でママたちと顔を合わせ
バスを見送れば朝から1時間半以上の立ち話。



8時にはバスを見送っているのに
朝っぱらから10時半まで立ち話になることもあります。



束の間のフリータイムは家事に下の子のお世話。

そして午後にお迎えをしたのちは、
外が真・・っ暗になるまで
中庭やキッズルームで遊ぶという毎日。


それぞれのご家庭(お家の中で)ローテーションで遊ぶ日も多々。



子供たちが幼稚園に行っている唯一のフリータイムですら

未就園児の下の子を連れて児童館へ行ったり、
ショッピングモールへ行ったりする日も
しょ、、、っちゅうでした。


ようるするに、一人の時間が
殆ど持てませんでした。




幼稚園ママは、多かれ少なかれ
この道を通るとは思いますが



これが、一軒家や小さい規模のマンションだったら
ここまでの結束感はないかもしれません。

(あ。でも狭い世界は
それはそれで悩みがあるのかもしれませんね。)



“断ればよかったじゃない”

と思われる方もいるかもしれませんが

人と関わるのが得意でないくせに、孤独も恐れていた私は

それを選択することもできませんでした。

子供のことを思うと尚更できませんでした。



大勢の人と賑やかに過ごす事が大好きな人たちにしてみたら

大規模マンションの世界はパラダイスです。

楽しくてたまらないと思います。



でも 
私はそうではありません。


独身の頃から自由を好み
大勢の人と関わると疲れます。


友人はわりかしいますが
少数(1~2人)と深く語り合うのが好き。

一人の時間が好き。


こんな私が上記のような環境に身を置いたらどうなるか ?


言うまでもありません。

窒息寸前です。

というより、窒息してしまったのです!



人に合わせる日々の中で
自分らしさがどんどん失われてゆき


他人の目が気になってしょうがなくなり


なぜだか あるとき
人の顔(目)を見るのが怖くなってしまいました。

“人と会話をするときは目を見て話しましょう。
その方が好印象です☆”

一般的に言われているこのマナーを

真面目な私は懸命にやろうとするのですが

目を見て話そうとすればするほど他人の目が恐ろしくなり、

ついには会話を楽しむことが
できないまでに陥ってしまいました。


40代になった今、
克服したかと言えば、
もともとの性質が超照れ屋さん(/ω\なので

憧れの人
目上の人


>ちょっとこの人ニガテなんですけど(-"-;A

なんて人には

いまだに緊張しますけど
(これは誰しもありますよね)


それについて
いつまでも思い悩んだりすることはないので


この件に関しては
克服したといえるのかもしれません。


でも私、克服!!っていう言葉は

あまり好きじゃないので



“日常生活に支障がなくなった”


という言い方が一番相応しいです。


不安定な時期を過ごし
二年半を過ぎた頃


主人が名古屋に転勤となり
マンションを手放さざるを得ない状況となりました。


結果、私はこの集団地獄から解放されたのですが
(あれほど望んでいたマンション暮らしだったのに)


不安神経症の難しさは
ある事が問題解決しても

手を変え品を変え
不安という名のモンスターが
次から次へと襲いかかってくるということ。


次回は

現在どのように変化していっているか、

そして今の持病と照らし合わせたことも綴っていこうと思います。




*補足* 


誤解を招きたくないので補足です。

分譲マンションでの暮らしは

今振り返ればいい思い出もたくさんあるのです。


わが家が引っ越すときは

たくさんの人たちが送別会をしてくれました。


二次会で私に歌を送ってくれたり。。

その歌の歌詞は

私にドンピシャなものばかりでした ^^;


必死で自分の弱さを隠していたつもりだったけれど

実際はバレていたし 

その上で皆は受け入れてくれてたんだなあ~て

後になって気づきました。


それと

今私が胸を張って親友と呼べる人は

我が家の真下に住んでいた子。

これが人生の不思議といいますか

ギフトでもありますね。


最後に今日のリビング。。
(お部屋の写真を見たいというコメントも頂いたので♪)



この黄色いカーテンは、
のちに続くストーリーとも繋がっていくものなので
目に留めておいてくださいね。


*  *  *  

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