触る
爬虫類が好きだと言うと、よく「触れる?」と聞かれるのだけれど、この発想が既に、「哺乳類的だなぁ」と私は思う。
我が家のペットの蛇については、もちろん「触れる」と応えるが、無論、すべての爬虫類を触れるわけではないし、第一、私はあまり「触りたい」とは思わない。
サボテンに「触れる」のは、「飼い主としての責任」からである。
サボテンは「触られる」ことを好まない。機嫌がいいときには「やれやれ」といった風情でおとなしくしているが、機嫌が悪いときには威嚇してくる。
そういうときには、絶対にケージに手を入れてはいけない。
蛇の身体はしなやかで柔らかく収縮し、それはもう、病み付きになる素敵な感触であることはうけあいなのだが、だからと言って安易に触ってはいけないのだ。
伊豆熱川のバナナワニ園など、大型の爬虫類のいる施設には、かならずと言ってよいほど、その「危険性」を警告するはりがみがある。
「危険ですので、手や指を入れないでください」。
私はその類の警句を見るたび、とても哀しい気持ちになる。
ワニは危険な動物だろうか。何をもって「危険」というのかが問題だが、私は「ただ、ワニは肉食である」という言葉だけで充分だと思う。
ワニは肉食である。ほとんどの蛇も、肉食である。
「そして、人間は肉である」。
重要なのはここなのだ。人間は自分が「ただの肉である」ことをすっかり忘れてしまっている。
ワニはもちろんのこと、蛇も大型種になれば、人間を呑むこともある。彼らにとって、我々は「ただの肉の塊」に過ぎない。
安易に手を出すのは、「手なづけることができる」という傲慢な気持ちがあるからだろう。
「見損なわないで」と私はワニに代わって言ってあげたい。
爬虫類はそんなに甘ったるい動物ではない。
爬虫類は基本的になつかない。
人間と共に暮らす、人間の差し出した餌を食べる、という「状況」には馴れるが、人間に親愛の情を抱いているわけではない。
何年一緒に暮らそうと、驚かせれば噛みつくし、身の危険を感じれば威嚇する。「餌だ」と認識すれば、あっけなく襲ってくるだろう。
私たち哺乳類は「ふれあう」ことが大好きだ。
小さな子供を見れば頭を撫でたくなるし、仲良しの人とは手をつなぎたい。頬をつついて、くすぐりあって笑いたい。視線を合わせて微笑みたいし、言葉を交わして深く繋がるチャンスをいつだって強く求めている。
そうした「哺乳類的感性」のままで、爬虫類に手を出したら、絶対に痛い目に合う。
蛇は孤独な生き物だ。一人で卵殻を破り、ひっそりと生まれてくる。つがうのは交尾の時だけで、一生のほとんどを一人で過ごす。
蛇の長い長い身体は、長い長い孤独のときを思わせる。
私は爬虫類のそういう性質が、どうしようもなく好きである。