「ワールドカップでの戦いかた」か | 漁師,ぴんぴん物語 EpisodeⅠ

「ワールドカップでの戦いかた」か


        総括 日本代表の今とこれから

 

    uni2


さぁ、今夜は、世界で一番最初のW杯出場国決定となるか。

北朝鮮戦ですネ。先日のブログで、長々と書いた途端、

ブログの読者が急に増えて、ビックリしました。

それまで一桁の読者数だったのが、急に二桁になった(笑)

ネタがネタだっただけに、長々と書けば、知らぬどこからか

見にくる方とかって増えるんですね。どこで知ったのだろう・・・

ブログの謎です。


ちなみに、その次の日には、読者は普段どおり一桁でした(笑)


本当は、今日は、一昨日見たある映画についてのコメントを

書こうとしたのですが、異常に長くなってしまったので、それは

ひとまず置いておき、今日の北朝鮮戦をするに当たって、

若干バーレーン戦の回顧をまず行ないます。

そして、最後にこれからの日本代表を考えてみたいと思います。


ちょっと最近サッカーばかりなので、サッカーネタは、当分

これで最後にしますネ(たぶん)。


柳沢の役割とMFの関係

 先日のコメントでは、トップと2シャドー(トップ下)の連動性が

 非常に激しく良かったと指摘しました。まぁそれは前半だけで

 あったことが反省点なのですが、もう一つだけ反省点を挙げる

 とするならば、多くでも指摘されてきたとおり、柳沢のシュートの

 意識でしょう。これは以前から指摘されてきたことでした。決して

 シュートを全くしない選手ではないのですが(FWだから当たり前か)、

 「安全」を選択する選手なことが災いしているのかと思えます。


 ただ彼の良さは、確実に「ボールが無いところでの動き」になる

 のでしょう。小笠原の得点は、改めてそのシーンを見てみると、

 そうした彼の動きが一役買ったようでした。

 

 その得点シーンは以下のような連動性でした。

 中田(縦パス)→中村(ヒールで落として、前に出て、落としを要求)→小笠原

 ずるずる敵のDFラインが下がる中で、結果、この中村の前に落としを要求した

 動きが小笠原のマークを中途半端にし、得点へと至りました。しかし、その際、

 ここにボールに絡んでない「柳沢の小笠原を追い越す動き」が見られました。

 あきらかにDFは小笠原のフェイントと、柳沢の動きに惑わされたようです。

 

 こうした柳沢の動きは、彼が点数を挙げていなくとも、彼の良さとして

 今まで評価されてきたものだったと言えるのでしょう。


 ただ彼がシュートの意識が低いという問題は残るものの、こうした動きに

 日本代表のバーレーン戦における攻撃のパターンとして、良い部分を

 見つけられたといえそうです。


 つまり、それは『FWをMFが追い越し、FWがMFを追い越すこと』です。

 今まで2トップの際は、2トップにボールを納めるか、カウンター的なボールで

 追い越したボールを供給していました。そしてDFや中盤の底がたまに

 トップ下やトップを追い越す動きがあっても、それだけでした。

 そこに連動するにせよ、しないにせよ、トップ下がトップを追い越すという

 動きは一切ありませんでした。


 しかし「ただし、このゴールシーンに限ってですが」、まず、小笠原や

 中村といったMFがFWである柳沢を追い越し、またそうしてMFが

 トップの位置でボールを保持している中で、FWの柳沢がそのMFを

 追い越そうとした動きが、相手DFの後退と混乱を引き起こしたのです。

 これは、2トップでは見られなかった「連動的・複合的なパス回し」であり、

 1トップによってもたらされた「メリット」だったと言えるでしょう。


 ただし、これにはテレビ解説の中でもあったように、2シャドーと

 1トップの距離が近くなければ、その連動性も効果を失います。

 距離が近ければ、近いほど、連動化を起こしやすく、相手に混乱を

 引き起こす脅威度は高くなるわけです。


 そうした意味からすると、後半は機能していなかったと言えます。

 明らかに2シャドーとFWの距離が遠くなり、時間帯によっては、

 2シャドーの動きが体力を失われた結果、鈍くなりました。


 そうして2シャドーが機能しない場合、期待されるのは1トップの個人力です。

 しかしバーレーン戦でのFWを担った柳沢は個人で局面を打開する力は

 高いとはいえません。恐らく日本で一人で高いする力---つまりロング

 ボールに対する制空権を圧倒的に握れたり、ドリブルで打開できるなり、

 そうした力を今の日本人で持つのは・・・久保か高原あたりと言えそうです。

 大久保・・・も名前が入ってくるかもしれませんが、彼はいまだ代表で機能

 した試しがないので、これは名前を出すのは控えましょう。

 

 そうするとなると、2シャドーの機能をどうするかという課題が残ります。

 この前の試合に関すれば、比較的中村がボランチの位置まで引いて

 守備も行ない、一方で小笠原がFWの位置まで頻繁に上がるなど、

 攻撃を中心に行なっていました。そうした役割を前提とすると、この

 2シャドーは、良い意味で「捨て駒」として機能させるのも良いかもしれません。

 つまりFW的な役割からボランチ的役割を果たすためには、一試合全部

 持つとは思えないということです。そういう意味から、2シャドーは試合に

 出場する選手に応じて、戦術的交代を比較的多めに行うのが良い

 ポジションだと思えます。特に、日本はこのエリアの選手に関しては、

 良い選手が育っていっている訳ですから、これは日本の実情に応じた

 戦略と言えるように思えます。


北朝鮮戦へ向けて

 長々と書いたので、少し一服。どうも次の試合、解説は松○さんの

 ようです。さぁ、今日の試合は解説は見込めません。『やったぁーー』

 この叫びが何回聞こえ、そして試合終了後に永遠と続くとなると

 嬉しい気持ちが萎えてしまうんじゃないかと心配です。

 

 ちなみに、98年フランスW杯予選の際は、フジテレビに出てくる

 清水さんが岡野のVゴール(当時の呼称)によって『やったぁーー』と

 叫びまくっていました。まぁ初出場だし当たり前ですよね。しかも、

 その前まではちゃんと仕事していたし。


 なお、試合では中田浩二を左に起用するとのこと。

 予想通りの展開となりましたが・・・   → コチラを参照   

 左ってやっぱりトルシエ的でも今回はしょうがないのネ。

 中澤の出場が微妙なのは気になりますが、恐らく試合そのものは

 大丈夫でしょう。バーレーン戦は1-0と僅差ではありましたが、

 アジアではやはり日本は一歩抜けている感がしました。

 王者の風格っていうのでしょうか。いや正しくはこれこそ

 「経験の差」と呼ばれるものなのかもしれません。

 バーレーンはホームでもあったのにも関わらず、選手の

 調整不足など、やはりチーム作りの状態などが不十分でした。

 これはやはり「経験」というものの差なのでしょう。

 それを考えると、あまり不安はありません。

 日本のW杯出場は間違いない。

 (外れても何も無いですから・・・苦笑)


 ただ私が唯一気になるのは、あのスコールにたまに雷が伴うこと。

 あの雷での事故だけは避けて欲しい。それだけ本当に祈るばかりです。


サイドの位置は戦略的なものだったのか?

 試合の画像を改めてみると、どうも加地も三都主も、両人、

 3バックの位置まで下がっています。これは3-6-1よりも、

 5-4-1というのが正しいくらいです。これはバーレーンの

 サイドの攻撃を恐れたために戦略的にそうした可能性も

 あります。それならばサイドの二人の攻撃が弱かったことも

 理解しないといけないのかもしれません。


 ただ、そうであるならば、相変わらずサイドでヘタなところで

 攻撃を仕掛けたりして、ポストに当たるようなシーンを

 生んだりもしていたサイドの二人でした。

 またシュートまで持っていけるシーンでクロスを選択したり、

 無駄な判断による攻撃でカードを誘発したこともありました。

 そういうことを考えて、また元々の二人を考えても、彼らの

 特性は3-6-1のサイドに合うのであって、5-4-1の

 サイドではありません。これはバーレーン対策として、

 起用・戦術ミスを犯したということができるでしょう。

 

1トップにおけるサイドの重要性

 98年フランスW杯終了後、時に欧州では4-5-1という

 システムが流行しました。これは崩れて時に4-3-3という

 3トップになるものです。トップ下が一人のため、トップ1人の

 力とともにサイドの動きから攻撃をなしていこうというものです。

 どんな国であれ1トップでは攻撃はかなり難しいものといえます。

 そうしたときに1トップの力や個性を生かすにしてもサイドの

 攻撃や動きが重要となります。オランダのファンニステルローイ

 ですら、またフランスのアンリやトレゼゲ、バルセロナでの

 エトォーですら、彼らの圧倒的な個人力があったとしても、

 サイドからのボール供給とサイドアタッカーのシャドー的動きが

 彼の得点の非常に重要なファクターとなっていたわけです。


 ジーコの脳みそを見ることはできませんが、今までコロコロと

 チーム構成を変えてきて素人だけでなく専門家を悩ませてきた

 彼であっても、今後、チーム作りして行く中で、中田・中村・小野

 という3人を並存させていくという方針は変えないでしょう。

 (もちろん小野が復帰するという話を前提でね。)


 そうしたことを考えると、今後、この3-6-1はこの問題を解説

 させる(システム的な意味での)現時点での最も有力な解決

 方法と考えられます。

 

 そのように1トップの機能要因と日本代表の構造的な課題を鑑みると、

 3-6-1下でのサイドの有機的な動きは非常に重要となるでしょう。

 そうなるとこの場合、三都主と加地の動きが非常に大事な訳です。

 つまり1トップを機能させるためには5-4-1では厳しいのです。

 そのために彼ら自身の中で革命?が起こるか、もしくは新しい

 「血」が入ることが期待されるようにと強く期待しています・・・。


12人目の選手はサポーターではなくてジーコ?

 これは理屈的な分析というより、単なる感想ですが、

 バーレーン戦中に珍しく激しく指示する姿を見ていて、

 そして試合前に起こったジーコの会見拒否の理由が

 UAE戦後の記者会見で鈴木について記者が笑ったことに

 心から怒っていたことが理由だったことを知って、

 私はあることを感じました。


 ジーコのことを、様々な評論家が「父」と比喩しています。

 父性に関して論じた記事は多々あります。その例として

 参考になるのがsportsnaviの宇都宮氏の記事

 nikkan sportsの枡田氏の記事 です。特に宇都宮氏の記事は

 その後も一貫して「父性」と「家父長制」との連関について

 書かれているので、とてもジーコの思想?を考えてみるのに

 参考になります。


 こうして例えられるジーコですが、私は父というよりも、

 「選手みたいな監督」と感じます。確かにジーコのやり方や

 そこで見られる人間関係などは「父性論」を感じることも

 確かです。ただ、それにも増してジーコは「選手と同じ目線」に

 いる存在として、サポーター以上に選手のように感じる訳です。


 監督として選手を擁護する監督は、実はあまり多く無いように

 思えます。それも感情を発露して擁護する監督は決して多く

 ありません。トルシエは選手が「ダメ」と感じたら容赦なく途中

 交代させる監督でしたし、それによってふさぎ込んだ選手も

 いたくらいです。


 一方、ジーコは信頼したら、信頼しっぱなしです。相当の重症を

 追わない限り、その信頼は崩れません。そうして、ここまで

 選手を「守ろう」とするジーコは、「父」としての性格も見え隠れ

 しますが、それとともに、彼自身が長年「選手」としての生活を

 してきたことの経験があるように感じます。つまり「選手に対する

 信頼には、選手の自尊心を何よりも尊重することも忘れない」

 という部分です。これはそれこそ「選手の目線」と言えるでしょう。

 こうして誰よりも選手のことを知り、また誰よりも選手のことを

 守ろうとする監督。それは「父」というよりも、選手。つまり

 12人目の選手はサポーターとよく言ったものですが、この

 日本代表の場合、12人目の選手は、実はジーコのような気が

 してなりません。

 

これから標榜するサッカーへ向けて

 日本がどういうサッカーを標榜するかに関して、

 ユース代表のそれについて考察している記事に

 以下の記事が参考になると思います。

       --sportsnavi コラム 元川氏の記事


 それを踏まえて考えてみましょう。

 さぁ、W杯が決まったとしましょう(気が早いか(笑))


 でも日本はドイツW杯でどういう戦いをするのでしょうか。


 ジーコは頑固な性格(笑)恐らく、基本的な戦い方は

 変えず、出来るだけ攻撃的な選手起用をするでしょう。

 ただし、そうした中でも出来るだけ失点を少なくする

 戦術も用いるでしょう。もともと『黄金の中盤』をフル起用した

 あの4-4-2を、今のジーコが就任当時ほどの

 『理想主義』に満ちて無いように見えることから考えると、

 『現実主義』的な意味から4-4-2をほぼ使わないと

 思って良いのかもしれません。最近決まって

 稲本ではなく、福西を重用するところは、そうしたジーコの

 変化を表わしていると思えます。


 そうすると3-6-1が実際的な戦いのシステムな基礎と

 なるでしょう。ただ、ここで批判としてあがるかもしれないのは

 中田英が仕切りに批判したように「システムとかは関係ない」

 という彼の言葉の問題です。そう、確かに彼の言う通り、

 一対一の玉際の強さとそうした気持ちの出し方をしていくことは

 最低限必要なことです。それは中田の言うとおりでしょう。


 しかしながら、サッカーでは個人戦でもある一方で、

 団体戦の競技です。そうした中で個人やチームの能力を

 補うのが戦術であり、その一つがシステムのあり方なのです。

 つまり個人を有機的に動かす方法論です。

 

 そうした意味で、一対一、個人技、戦略(3-6-1とボールの

 奪い方等)の関係は切れる関係ではなく、三つが存在した

 サッカーで、ようやくきちんとしたサッカーができるという

 ことになるのでしょう。

 

 そうしたことから、中田の「システムは関係ない」という言葉の

 意義は、それだけに日本代表のマイナス要因を捉えるのは

 安易ということを言いたかったのだと思います。

 そして、かといって、システムの重要性は一切低下しない、

 大事なものということといえます。

  

 実際には、この三つがあるにしても、W杯本番では、かなりの

 劣勢が予想されることは間違いありません。対戦相手次第では

 ポゼッションサッカーには無理があり、結局守備から入り、

 カウンターサッカーとなるのが現実的なところでしょう。

 

 ですが、そうしたサッカーを標榜するにしても、そうした場合、

 一対一、機能的な守備組織を整えることから始まって、

 サイドとトップと2シャドー、加えてボランチの連動性が

 求められることは変わりません。いくら個人技の力に長ける

 選手が日本に多いといっても、やはり個人力とその総合的な力が

 世界的には低いということは否めないでしょう。そうした中では、

 ボールも人も動くサッカーであることが求められることは

 不変なものといえます。こうした機能的な動きの鍛錬の場として、

 残りの予選の試合と、これから計画されている国際試合で、

 「試行錯誤」が繰り返されればと思います。


 そういう意味でも、今日の北朝鮮戦はこうした戦い方がしっかり

 できるかは大事なところになるわけです。強い相手であれ、

 それほど強くない相手であれ、しっかりした部分を出すことが

 できるか。これが何より核心となるわけです。 


 そういう意味でも、6月中旬のコンフェデ杯は、本番に近いという

 意味で価値があまりあるほどのものの機会となるでしょう。

 もしかすると、ここでのてごたえ次第では、ポゼッションサッカーも

 可能なのかもしれません。でも、そういう意味で、小野不在での

 試みしか出来ないことは、なんと勿体無いことか・・・


 ・・・って、まるでW杯決まったような書き方はまずいのかな・・・


その他

 長くなったので、手短に書きますが、このバーレーン戦は

 他にも様々なことを思い出させ、また確信させました。


 一つは、懐かしい審判です。イエロー連発をかましてくれましたが

 彼はアジア杯inChinaで準々決勝でPK戦のゴールを変えてくれた

 審判でもあります。彼には色々な意味で日本は世話になってます(笑)


 もう一つは、バーレーンから感じる中東新時代です。

 中東の勢力分布は変化しっぱなしです。東アジアや

 東南アジアがほとんど変化しないのに比べ、その

 ダイナミズムは凄まじいものです。今ではバーレーンが

 その新しい力として力を伸ばしていますが、9年前には

 アジア杯でクウェートに0-2で完敗するなど、日本が

 辛酸を舐めることもありました。そのように、中東の

 チームはいつでも侮ることなかれというのが続きそうです。


 ただ、これは今後のオーストラリアのアジアサッカー連盟(AFC)

 加入による、AFC分裂の可能性を孕んでいるため、相当、今後は

 この話の意味も変わっていくかもしれません。 


 今日は長くなりました。まとまりも悪いかもしれませんが、

 ここまで読んでくれた方には感謝感激アメアラレです。

 素人記事でも、一応頑張ったつもりです。

 では、みなさん、頑張って応援しましょう!


          ----頑張れ、日本代表 ®(全サポーター)


      sakka-