母性と父性、女と男のカタルシスか | 漁師,ぴんぴん物語 EpisodeⅠ

母性と父性、女と男のカタルシスか

(2005.5.7修正版,2005.5.9再修正)


~ALL ABOUT MY MOTHER~

    all about my mather

P.アルモドバルの映画、ALL ABOUT MY MOTHER。

映画一発目は、このスペイン映画について。



まず、簡単にストーリーを追ってみましょう。


女(セシリア・ロス)は息子を女手ひとつで育て、17年経ちました。

また一方で、女は臓器移植コーディネータとしての仕事を確立していました。

そうして、二人は平穏な日々を暮らしていました。


作家を志す息子は、ある日、母である女に言います。

「父さんのことを教えて」と。


母は苦悩します。父のことを教えるべきか。


ある日、女と息子は、ある劇場までやってきました。

劇「欲望という名の電車」を演じる「その女」。

息子は「その女」の熱狂的なファンでした。

        all about my mather2

「その女」が描かている壁の前で、

女は待ちます。そして思います。「父親のことを話そう」と。

息子も待ちます。そして思います。「『その女』のサインが欲しい」と。


そして「その女」は来ました。

しかし「その女」は車に乗り、行ってしまいます。


息子は「その女」が乗る車を追いかけますが、

彼はその車の後続車に轢かれ

永遠に父親のことを知ることはありませんでした・・・。


息子の「命」は、他の人へと受け継がれていきました。

女は、息子の「命」の行く先を見届け、そして仕事を離れ、

一人、バルセロナへ向かうことを決心します。


息子の死を伝えるため、元夫を探しに・・・。


でも、それはまた女自身と元夫、

そして周囲の人びとの生き方を見つめなおし、

立ち直してゆく旅となったのでした・・・。


<以下、ホントに“ほんの少しだけ”ネタバレ含むので、ご注意を~>


この映画は「女」という片方の“性”を追うことを中心としています。

出演陣の8、9割は女優。出てくる男も、命を落とすか、男であることを

やめ、女として生きることを選択します。それゆえ、この映画は

「母親であるすべての人、女であるすべての人に捧げられた映画」という

キャッチフレーズで売り出された映画でした。


でも私は、それは、この映画が描いている「一側面」しか表わしていない

評価なんじゃないかと思えてきます。


むしろ、母親、女である人々を追う過程で、実際この映画の中では

母性と対峙する父性、女であることを求めようとする父性の持ち主、

女でありたいと思う男、それでも男であることを認識させられる男、、

父を想う青年、父親を想う娘・・・


そうした対立において生まれている葛藤を、皆がどう解いていくか、

そして、それをどう浄化させていくのか、そうした旅路を追っている

映画なのではないでしょうか。


印象的なのは、映画の最初の方と最後の方に出てくる

トンネルのシーン。その長いトンネルに入った者たちの、

長い長い旅路は、映画が終わってもトンネルの線路の如く、続きます。


結果として、少しその葛藤が解けたとしても、決定的に

全てが解決した、という映画ではありません。

これからも続いていくことなのでしょう。


ただ、日々の笑い、嘲り、痛み、嗚咽、といった生活の中で、

女と、それを取り巻く人々が、徐々に、また微かでも光明を

見出していく過程、それがこの映画のミソでした。


だから「決定的な答え」だとか「結論」を求めてる方、

また「煩雑なストーリーがニガテ」な方には、

あまり口に合わない映画かもしれません。

           

アルモドバル2

またP.アルモドバル映画は元々クセが強い映画が多い、

というかほとんど(笑)。


そういうわけで、新しい映画を見てみたい、と思う方、

また母性、父性に悩みを持つ方、

女と男ということに悩みを持つ方、

こうした方々にとって、見て、

色々得るものがある映画になるんじゃないかと思います。


この映画がアカデミー外国映画賞の受賞したとき、

女性の出演陣が映画のほとんどを占めているため、

アルモドバルを囲む人々が、彼以外、全員女性ばかりであった光景が

非常に印象的でした。


all about my mather3


そこからも見えるように、アルモドバル映画=女の映画と言われます。

先ほど挙げたキャッチフレーズの如く、「母親であるすべての人、

女であるすべての人に捧げられた映画」はアルモドバル映画の特徴でしょう。

その上、映画に出てくる男は女として生きることを望みます。

だから男性は見づらい映画かもしれません。

またある種、女性にも見づらい映画なのかもしれません。

男性は・・・ウーマンリブ、って言うんですか?そういう映画だとか、

フェミニズムっぽい匂いがするから嫌だというかもしれません。

また女性は、こんなに女は弱くないだとか、色々と抵抗感も

あるかもしれません。


繰り返しますが、この映画は、確かに女性の映画であるものの、

女、母性といったものを追っていく結果として、

男、父性を合わせて追うことへと繋がり、

女性と男性の映画、母性と父性の映画であると思えます。


だからこそ、この映画が「女のための映画」というのは、

決して正しいとは思えません。


そして、一見特異的なテーマを追いかけている映画のようで、

意外と普遍的なテーマを追いかけている映画なんじゃないでしょうか。


お勧めです☆☆☆☆。


    

追記:

・・・にしても、映画の本題とは少し違いますが、

子を育てるって大変なこと、そして母性や父性といった

「親」という使命の難しさをこの映画で気が付かされます・・・

当たり前だけれど、簡単には親になれんな、と繰り返して

思わされ、唸っている自分がいました・・・。