ドール狂の詩 -3ページ目

ドール狂の詩

ドールもカメラも呑み屋も初心者の備忘録。
金曜、土曜あたりに更新予定。

2016年のいつやったか、大阪へ観光。

 

とりあえず、大阪城は行くよね。もう2回行った。中国や韓国からの観光客が多い。

大阪城といえば、秀吉公。そして、大阪冬・夏の陣。

それはもう、莫大な費用を投じて建設された最大規模の代物で、当時から難攻不落の名城だった模様。

しかも、巨大な堀が二つもある(外堀・内堀)。

なお、現在の城は当時のそれではないようだ。

 

生前の秀吉が、この城を落とす唯一の方法が「(二つの堀のうち少なくとも)外堀を埋めることやな。」と何かの拍子に言ったとか。

その場に家康公も居て、数年後、それを実行したというのは何とも皮肉な話だ。

 

大河ドラマでも取り上げられたあの真田丸もあった場所。私の好きな豊臣家最後の名将、毛利勝永公の最期の地でもある。

楽しみだ。

 

 

 

 

 

ワイ「みんなジョギングしとるのう。」

 

 

 

 

 

 

 

 

城内へ。

撮影自由な階と禁止の階がある。

 

 

 

 

 

毛利勝永と真田大助。

毛利勝永公。大坂城の戦いを見聞した宣教師によると、鬼気迫る活躍、獅子奮迅の働きであったという。

本多忠勝公の次男、本多忠朝公をはじめ、小笠原秀政・忠脩父子を瞬く間に討ち取り、続いて浅野長重・秋田実季・榊原康勝・安藤直次・六郷政乗・仙石忠政・諏訪忠恒・松下重綱・酒井家次・藤堂高虎をも撃破。

どんだけ倒しとんねん。

 

そういや、上野城の高虎公パネルにも藤堂隊が大打撃を受け、家老クラスを含む多くの部下が討死したと書いてあったな。

 

 

 

ドール撮影は失敗した模様。

 

 

 

 


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出張でタイのアユタヤへ行っている友人からLINEで写真が届いた。

友人から許可が出たことだし、面白かったので記事にしようと思う。

 

何故、番外編かというと、私は何もしていないからだ。自分が旅行に行った訳ではない。ドールも出てこない。

 

 

デカい。

立派だ。

 

ここまでは、まあ普通といえば普通。

 

 

 

送られてきた写真の中で興味深かったのは「ワットガイ」というお寺の写真。

なんでも、地獄を再現したお寺であるようだ。

なお、wikiには出てこない模様。

 

地獄へ送られるかどうかの裁判なのだろうか。

 

 

 

 

 

なんや、よう分からん。

問題はここから。

 

アユタヤへは行ったことあるが、この寺は知らなかったなー。

個人的にこういう大好きなので、行けなかったことを激しく後悔。

 

 

 

注意!!

 

ここからは、グロテスクな画像、よく分からない卑猥な画像が掲載されます。

苦手な方はオススメしません。遠慮せず閉じてください。

 

以下は、自己責任でお願いします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちゃんと言いましたよ!!知りませんよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それでは、どうぞ( ´∀`)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ワイ・紗那「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

 

 

 

なぜ、こんな奇怪な偶像が設置されているのか。つまり、こういうことである。

「地獄ってこんなところやでー。イヤやろ?行きたないやろ?ほんなら、生きとる間どうしたらええか分かるやろ?生きとる間、悪事を働いたらアカンで?」

 

 

以上。

 

 

 


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去年、あれだけ散財したのにふらりと入ってしまってまた購入。

 

ドール者にとって百均は宝庫だ。今回は全部セリアにて。

チョーク以外はちょうどよいサイズ。

 

 

紗那「ランチ始めました♪」

 

 

 

 

おまけ。

 

ワイ「ラーメンもあるよ~」

 

 

 

 

 

以上。

 


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前回の続き。

 

伊賀上野城内。さらに歩を進めてみよう。

 

何が書いてあるかようわからんが、伊賀で有名な「ザ・仇討ストーリー」のようだ。

 

 

 

え!?松尾芭蕉が使っていたやつ!?ホンモノ!?

これで旅したんやろうか、すごいな!!

 

 

 

藤堂家の家紋記された食器。

 

 

 

 

殿様は普段何を食べていたのだろう。

陣中でもこんな立派な器で食べていたのか。

 

 

最上階(3階)から見える景色。田舎だ。

 

以下、天井絵巻。

「1メートル四方の色紙 最上階の格天井には46枚の書画の色紙がはめ込まれています。天守閣竣成を祝って日本画家の横山大観はじめ著名な画家、書家、政治家などから寄贈されたものです。」(公式サイト

近衛文麿作。

高浜虚子作。

知らん。

尾崎行雄作。

説明がないと誰が書いたか、何て書いてあるのかさっぱり分からない(´∀`)

 

 

 

政治家、軍人、文化人など、錚々たるメンバー。なんやようわからんがすごい(語彙力)。

 

 

以下、藤堂高虎公のサクセスストーリーを描いたパネルがあった。

 

 

優秀な人物だったのだろう、最初に仕えた浅井家滅亡後、浅井家を滅ぼした織田家家臣、秀吉(の弟の秀長)に召し抱えられたようだ。秀吉死後は家康に仕え、家康から絶大な信頼を得る程に出世し、最後には32万石以上の大大名に。

 

ざっと見学して、お昼に。

お昼ご飯は、伊賀名物、「豆腐田楽」を食べさせてくれる「わかや」。

 

 

美味いし、ヘルシー。言うことなし。

 

以上、伊賀上野城の旅でした。( ´∀`)

 

 

 

 

 

 

 

 


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前回の続き。

 

 

ワイ「城内を見学するかのぉ。」

 

 

家康公は、この地上野が来るべき豊臣方との決戦の最重要拠点となると考えたのだろうか。

城の改修を命じられた藤堂高虎公、この地を委ねられるとはよほど家康公の信任が厚かったのだろう。

で、結局、重要拠点にもならず城も戦には使われんかった模様。これはこれで興味深い。

まあ、大阪へ「睨みをきかせる」という点だけでも十分効果はあったのかもしれない。

 

三重のヒーロー、藤堂高虎公。近江(滋賀県)出身。

 

 

 

藤堂家の末裔の方から寄贈されたのだろうか。

 

かっこええ。

 

1年以上前のことであまり記憶が定かではないが、確か戦国時代よりも前のものであるはず。

重臣クラスの鎧と見受けられる。

よく残っていたなぁ・・・と感動!

 

前立ては、「八」の字が見えないが「八幡大菩薩」だろうか。八幡様は武神なのでおそらくそうだろう。

いや、かっこええ!

「字」の書いてある前立てでかっこええのは、やはりあの有名な直江兼続ですかね。愛染明王の「愛」がデカデカと書いてあるやつです。

あれもかっこええ。

 

脇差。

 

 

 

圧巻がこれだ。

唐冠形兜(とうかんなりかぶと)三重県指定文化財

「藤堂高虎が豊臣秀吉から拝領した兜で、高虎から藤堂玄蕃良重(げんばよししげ)に与えられました。良重は大坂夏の陣で討ち死にしましたがこの兜は代々玄蕃家に受け継がれ、伊賀市に寄贈されたものです。」(公式サイト

 

 

ワイ「かっこええけど、あれやと狭いとこ入るときに引っかかってしまうのぉ。」

紗羅「そうですね。」

 

 

続く。

 

 


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