満月の日に                                   2009.9.4

 きのう当たりから、腕から指先にかけて、皮膚の表面がチクチクする。足もしびれている感じがする。特に今日はひどい。5月に霊道を通してもらってから、こんな体になってしまった。6月から、父の不整脈や心臓の血管のつまりを治す「気」を送るようになり、7月には、父の病気は治っていた。
 慈念霊気は、気を飛ばすことができるので、直接人に会わなくても癒せるのがいい。自分でも、半信半疑のまま、友達や、その家族の人、数人に「気」を送っている。どの人も今の西洋医学では治りにくい病気を持っている。
 今日、店にきた30代後半くらいの男の人は、5年ほど前から胃の不調を訴えている。どの病院にいっても、検査結果は異常なしなのだが、症状はあいかわらずで、困り果てて、うちの店に来た。あらゆる薬も試したがだめだったという。私としては、市販薬でできることがあるだろうかと困ったが、彼のしんどさや、絶望感がこちらにも伝わってきて、とても気の毒になった。彼に薬を勧めて買っていただいた後、「また、どうだったか、教えてくださいね。」と思わず声をかけていた。
 このとき、初めて、この人のために祈ってみようと思った。個人的に家族や友達のために祈ることはあっても、見ず知らずのお客さんにそこまでしようと思ったことは、いままでなかった。「気」を送って治るものなら、治してあげたいと思った。夕方、家路に着く車から見える、大きな満月は、私の意志を知っているかのように白く輝いていた。月の光は淡くやさしい光である。苦しんでいる人を助けることができたら、どんなに幸せかと思う。イエスもこんなことを考えていたのかな。イエスの病気治しの話を思い出す。
 

 今、「不滅のイ・スンシン」という韓国ドラマを見ている。豊臣秀吉軍と勇敢に戦った武将である。彼は、戦争で死んでいった部下たちを思い、「私はまだ死ぬわけにはいかない」という。彼らのためにも、生きて彼らが守ろうとした家族や大地を守りたいと。指揮官として彼らを守れなかった自分に責任を感じ、死ではなく、生きて罪を償おうとしている。
 私は、「そうだよね。自分以外の誰かのために生きるのでなければ意味がないよね。」と思う。そして、この世に戦争や飢えで死んでいく人がいる限り、私は決して幸せではないし、私が生きてその人々を救う何かをし続けなければならないと思う。 

 


人生は空しい                                   2009.9.17

 9月12日の土曜日の朝、私の頭の中で、ある考えが浮かんだ。「人生は空しい」。富を得てもいずれは死ぬ。悲しみにくれていても、その悲しみは永遠に続くことはない。何度もこの言葉を繰り返していた。
 昼になり、タロットのクライエントに会う。少しでも幸せになってほしい。希望を持ってほしいと思う。自分でも不思議だ。午前中、空しさの中にいた自分が、クライエントに、明日への希望を語っている。聖フランチェスコが、ある人の「もし、明日地球が滅びるとしたら、あなたはどうするか」という問いに対し、「それでも、私は種を蒔くだろう」と答えたという。明日への希望を絶対に捨てないというのだ。少し前まで、私はこの言葉を本当に理解していなかったのかもしれない。
 今は、フランチェスコがどんな思いでこう語ったのか、わかる気がする。人生の空しさを知っているからこそ、今をいかに生きるかを自分に問うたのではないか。そして、明日をも知れない私たちの命を今輝かせるために自分にできる唯一のことが、他者を輝かせることだったのである。
  私は「幸せではない」「私は不幸だ」。この世に不幸せな人が一人でもいる限り、私は幸せではない。その人を助けるまでは。自分一人だけの幸せはない、周りで苦しんでいる人がいる限り、心休まることがないからだ。

  このところ、薬剤師の仕事をいつまで続けるか、迷っていた。6月に霊視で、守護者が、薬草で病気治しをしていたご先祖さんであることがわかり、薬剤師の仕事をもう一度とらえなおすことができた。薬剤師はお金を稼ぐための仕事で、ボランティアが天職と考えていたが、薬剤師の仕事も、ボランティアの子育て支援も、皆同じ「人助け」であることがわかった。一日8時間以上、私が一貫してやっていることは、「人助け」であったのだ。タロットも韓国ドラマの交流も、子育て支援も、すべて「人を幸せにする」ためである。
 そう思うと、取り立てて、何をしたいという欲がなくなった。私が人に接するすべてのことが、他者を幸せにすることになるのだから。