代用監獄
読んで字のごとく。
留置場のことだ。
ここは通常何も無ければ、刑事拘留2日と検事拘留10日を合わせて12日を区切りとして、取り調べも終われば、最寄の拘置所に移送され、自分の裁判を待つ。
何か余罪があれば検事拘留が10日延長される。
せいぜい22日がふつうだろう。
そこに9ヶ月もいると言う事は大変だ。
私がその代用監獄にぶち込まれた。
物静かな二十代の可愛い女が淀んだ顔をして座っている。
マリファナの密輸に失敗してパクラレタのだ。
話を聞いてるうちに、なんともうすぐ9ヶ月にもなると言う。
代用監獄の9ヶ月はつらいだろう。
みんな同様に言うのは拘置所は東京なら小菅の東京拘置所。
略して「東拘」と言う。
それはともかく
代用監獄に来てまずみんなすることがある。
突然ガザでパクられてくるのが多い。
警察は身の回りの物だけを持って行かせる。
一度セキセイインコを飼っていたが、餌をあげないと死んでしまうと言ったら、警察署の方で私が留置されてる間、面倒を見ていてくれた。
意外と優しい。
そんな突然のシャバとの別れに困ることが意外にあるのだ。
みんな時間があくと一斉にどこそこかに手紙を書き始める。
一番多いのがサラ金の支払いを頼むと言う手紙を親に書いている。
二番目に多いのが男に待っててくれと哀願している。
三番目に多いのが笑いもせずに自分がどうなるのか心配して手紙どころではない。
私は、このどれにも充てはまったことは無い。
極道の女と、カタギの女の違いはこんなところに出るのかもしれない。
私はそんな風景を眺めている。
看守に○○ファイナンスの電話番号を調べてくれと頼む者もいる。
みんな、シャブで借金をしているのが多い。
そんな事が終わると、自分の事件の話に花が咲く。
シャブならシャブ痕を自慢げに見せて喜んでいる。
「出たら目いっぱいやるよ」
どこでも聞く台詞だ。
私もそう思った一人だった。
そんな中に9ヶ月の女がしら~っとした顔にニキビを作って座っている。
長い経過を経て判決の日が来た。
懲役5年4ヶ月。
彼女はその日から口を利かなくなった。
食事も出来なくなった。
夜中になると布団の中で泣いてる声が聞こえてくる。
みんな知ってるけど黙って黙認していた。
翌日になると、胃が痛いと言って胃液を吐く。
初犯で刑務所に行くというのは、こういう事を乗り越えていかなければならない
刑務所に早く落ちた方が私は楽だと思う。
長い代用監獄など、仕事も無く、狭い牢屋の中で毎日を過ごすのだ。
東京にいたので、東拘は「東拘天国」とも言われていた。
金があれば好きなものを食べて、好きな服を着てラジオだ新聞だ週刊誌だと色々あるが自由が多い。
代用監獄にはそれが無い。
ただひたすらに狭く四角い部屋で1日が過ぎるのをじっと待っているのだ。
そこに9ヶ月もいたら拘禁病にもなりかねない。
私が3ヶ月いたときに、外に出るのが嫌になった時期があった。
看守に言ったら
「拘禁だね・・・・」
「へっ?・・・・こうきん?」
そんなやり取りが懐かしい。
その9ヶ月の彼女の最後の晩に看守が気を利かせて、皆同じ房にしてくれた。
普段なら電気を小さな明かりだけにするが夜中の3時ごろまで電気を明るくつけてくれた。
修学旅行の晩みたいに皆で語り合う
「ココでたら働けるかな~」
「私は男の所に行くよ」
「出ても同じだな~」
「刑務所も行ったら早いよ」
「今度こそ真面目になるかな」
それぞれがそんな会話を真夜中までしている
懲役に行く女の子は黙って聞いていた。
翌日、みんな寝不足だが、寝る時間は山ほどあるので気にもしない。
その彼女の荷物整理が始まると、私たちにも緊張が走った。
釈放される人間からは、歯磨き粉の一つでも貰うのだ。
しかし刑務所に行く人間からは何も貰わない。
自然と出来た風習だろう。
同じ羽目にならないためだ。
しかし彼女は刑務所に行く時間になって、私たちのところに来て看守のマネをした。
「ただいまから刑務所と言うところに行って参ります!!」
と満面の笑みをたたえて敬礼したのだ。
その目は赤かった。今にも涙が落ちそうだ。
胸が熱くなった。
今頃は出ているはずだが連絡はしない
悪が近寄るとまた敬礼だ。
幸せでいることを祈っている。