切れないギザギザのカミソリで皮膚をえぐられるような痛みだ。


私が始めて彫り物をした時の話しです。


彫り師の名前は言えません。

前面に出るのを嫌う先生でした。

名前はTとだけ書きます。


私が始めて腿に牡丹を入れたのは亭主についていった時だった。


その亭主のスジ彫りを眺めていて、私も彫ろう・・・・・それだけのつもりだったのだ。


余り痛さは無い。

冒頭の表現は後のことです。


1時間ぐらいでその牡丹は完成しました。

「笑っていいとも」などを観ながら笑っているうちに終わったのです。

*1万5千円也


彫った先生は、シャブを銀紙から出して、ペロっと舐め、ニタリと笑うと冷やし中華を食べ始めた。

へんな彫り師だな~とは思ったが、いい先生だ。


私に言った

「女の人はね・・・こんな彫り物を入れると必ず又彫りに来ますよ」


「そうなんですか・・・・」


その後私は確かに言うとおり、彫り師に電話をしていた。


しかし、彫り師が、シャブでパクられたらしい。


二代目と名乗る男が

「自分で良ければ彫らせてください」


「判りました。お願いします」

こんな話しは早く決まるのだ。


そんな会話の中で私は何を彫るかは決めていた。


黒龍だ。


初めて会った二代目は礼儀正しい、ヤクザ顔負けの風貌だ。

話し始めたら、美大の学生だったのだ・・・・


体中の至るところに自分で練習をした跡がある。


彫り師はかなり儲かるのだろう

領収書を要求するわけでもなく、出すわけでもない。


針一筋で、豪邸を建て、5千万の車を買い、シャブでパクられた師匠に引退してもらって小料理屋を持たせたのだ。


私はこの二代目に任せることにした。


私も入れると決めてから馬鹿なことを聞いた


「先生、どこが一番痛いですか・・・・」

「うーん・・・多くの人はお尻の穴の回りだって言いますね」


(そうか~、ケツの穴か・・・・・)


任せる以上は、私も痛いのへちまだのと言ってられない。

(ケツの穴には彫らないから・・・・)

しかしケツの周辺は確かに痛い・・・・


最初に背中全体にスジ彫りを1回で仕上げてしまった。

二代目も大変だったろうと思う。


弟子が数人いて傍で正座をして見ている

私は最初に裸になるのに抵抗があったが、それは私の勝手な邪推だ。

彫り師は、彫る部分しか見てない・・・と思う。


スジ彫りを入れた時点で鏡で見せられて

(これだけでいいや・・・・・)

などと思ったものだ。


何度か通ってるうちに色々と話しもするようになる。


彫りながら話すのだが私は右腰のある一点に神経が集中していた。

針が刺さると勝手に体がピクっと反射して動いてしまう。


そこを仕上げるまでに何度ピクピクしたか判らない

彫り師はその度に針を止める。

苦労をかけさせてしまった。

私の性感帯かもしれない・・・・・・・


黒龍を彫ると決めた私に二代目は言った


「彫り物は人生を左右しますよ。龍は手に玉を持っていますが、今回は玉を入れません」


「どうしてですか?」


「姐さん、命取られますよ・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・」


その時の私は年中騒ぎを起こしていた。

このままでは、お前の為に○○会が潰れるとまで言われていた。


内部抗争の原因を良く作っていたのだ。

その度に何人の人に迷惑をかけたか・・・・


私はヤクネタか・・・・・・


二代目もそんなことは知っていたようだ。

今、玉を入れたら命を落とすような生活だったのだ。


「そうですね、自分もまだ命は欲しいですから・・・」


そんなこともあって、私の龍は玉無しだ・・・・

メスの龍なんです・・・・きっと・・・


龍や鯉などのウロコものはボカシも入れるからウロコの数だけ二度手間がかかる。


彫られてる私も大変だ


ある日二代目に聞いた


「先生・・・針はどのくらい皮膚に刺さっているんですか?」


「そうですねー、6ミリぐらいですよ」


えっつ!!6ミリ?


私の感覚では2~3ミリのつもりでいた。


何でも聞けばいいってもんじゃない。

聞いたとたんに、痛さが倍増した。


6ミリか・・・深いんだなあ・・・・



背中の中央の背骨の上を彫った時は針が骨に刺さる感じの音がする。

二代目は、私の皮膚を横にずらして彫っていた。

私もその方が楽だったのだ。


頭の前には相変わらず、弟子が並んで見てる。

「痛いーーーー!!」などとは口が裂けても言えない。


しかし前の客のヤクザもんは彫ってる最中に

「先生、用事を思い出したので・・・」

などと言って帰った


二代目は

「シャブが効いてるんですよ」と笑う。


私も言われてはいた

「シャブは抜いてこないと痛いですよ・・・」


しかし1日に彫れる範囲は決まってる。

やたら彫ればいいってもんでもない。


体に熱を持ってしまう。


彫りながら出る血を拭きながら色を入れていく。


大体1日に2時間がいいところだろう。

確かに熱を感じる。


焼け火鉢を付けられてる痛みだ。

これは彫った方は同じような表現をする。


予約制ということもあるのだろう。

次の客も待っている。


一番辛かったのは風呂だ。


彫った後に弟子がタオルを持って待っている。

なみなみと一杯の熱い風呂に入らなくてはならない。

毛穴を広げて色を良くするということか


とにかく風呂は何度でも入ったほうがいいとは言われていた。


「今日は、この辺で終わりにしましょう」

この言葉に少しホッとする


しかしその後の風呂を考えるとイヤだ

まるで五右衛門の気分だ。

腰辺りなら、そこだけ浸かっていればいい。


肩だと首まですっぽりと浸かる。

温めの湯が好きな私には拷問だ。


肌が真っ赤に染まる。



彫り物を入れる時は電車で行くのだ。


1度車で行って懲りた。


背中の彫り物は切り傷と同じなので、リンパ液が出てくる。

それが背もたれのある椅子に座ると衣服が張りつくのだ。


その張りついた衣服を剥がすのに大変な思いをした。


寝てもシーツには版画のように柄がプリントされる。


二代目には言われていた

「もし服に張りついたら、無理に剥がさずに、そのまま服を着て風呂に入ってください」



私は数ヶ月通ったが、未だに玉を入れてない。


当時のことを振り返ると、玉を入れないで正解だったと思う場面が何度もあった。


この先も入れるつもりはない。


まだ命は欲しい・・・・


二代目に感謝したいものだ。


その二代目がかなり前に電話があった。


「姐さん、自分は日本一の彫り師になりました」

「それはよかったですね。名前も改名したんですか・・・」


彫り師の順位は弟子の数だ。


今は日本中を駆け回っているだろう。