渡辺えりさん、登場です。

「昨年の離婚や、

コロナウイルスの影響で演劇の再開が見えないとき、

助けてくれた沢田研二について」

紹介記事にそんな文があったので、期待して見ました(^.^)

でもえりさんなら、ジュリー話は必ずするけどね( ̄▽ ̄)

 

えりさん27歳のときの作品

「ゲゲゲのげ 逢魔が時に揺れるブランコ」

ジュリーのポスターが演劇空間を引き締めております。

 

渡辺えりはシャンソン歌手でもある

全国ツアーを敢行し、アルバムまで発表しているほどだ

表現に寄せる渡辺の想いを遡ると

一人のアーチストにたどりつく

その名は「沢田研二」

 

「 落ち葉の物語とか、そういうのをやってて、

チョコレートを死ぬほど買って、

そんなに当時チョコレート好きじゃないのに。

某製菓の、食べて応募するとソノシートが貰えたんですよ。

それを貰って聴くわけです、ちっちゃいプレーヤーで」

 

「 そうすると“こんばんは。どうしたの?”

なんて声が聞こえてきて、自分の部屋に来たような感じで。

“僕はね、高村光太郎の詩が好きなんだ”

ええっ!?

父親が高村光太郎に心酔してて、

もう二歳から高村光太郎の詩を聴いてますから。

え?ジュリーも好きなんだ!好きだったんだ!

と思うじゃないですか、小学校6年生」

 

「 ますます好きになっちゃって、

で、小学校6年生のときに生まれて初めてお小遣いをためて、

月のお小遣い300円でしたから、それを貯めて、

レコード店に行ってヒューマンルネッサンスていう、

タイガースのファーストアルバムを買ったんです。

これが自分の小遣いで買った最初のレコード」

 

「 当時レコードを買うのは不良だと言われて、

絶対レコード店に行くな、

と母ちゃんに厳しく言われていたんですよ。

ですから駅前のレコード店の前で三往復迷いましたね、

不良の仲間入りになると」

 

「 やっと買って、それを毎日聴いていたんですよ。

それがバロック音楽風に作っている音楽で。

命のカンタータとか雨のレクイエムとかあって、

これどういう意味なんだろうと思って図書館で楽典を開いて、

対位法とか全部出てて。

それですごく音楽が好きになっちゃって」

 

「 どういう影響でタイガースをやっているんだろうと調べてみたら、

ミックジャガーとかビージーズ、

モンキーズ、ローリングストーンズ・・・

全部、それを聴くわけですよ。

今まではクラシック音楽しか聴いてない、父親の影響で。

ジュリーに出会ったことでロックを全部聴くようになり、

ジャニス・ジョプリンも聴くようになり・・

ジャニス・ジョプリンもカバーしてますからね、ジュリー。

ジュリーがカバーしている曲は全部聴くわけですよ」

 

「 そこからジャズのほうも好きになり・・

あそこでタイガース、ジュリーに出会ってなかったら、

人生全然違うもんですね」

 

ここで甘くて愁いのある歌声で、

ジュリーの ♪ 時の過ぎゆくままに が流れます

 

孤独な時を支えてくれたのはジュリーだった

 

「 沢田さんのファンですごく良かったなと。

いつでも救われましたね、沢田さんで。

コロナ禍も・・泣けちゃうけど、

やっぱりこうYouTubeでさ・・」

「 ちょっと、なんで泣けてきたのか・・

すごい助けられましたね、沢田研二という人には。

やっぱり苦しいじゃないですか、離婚もあったし。

もうほんとうに孤独で。

もう死んだほうがましかというのが何年も続いたんですよ」

 

「 そのときに助けてくれたのが、沢田研二さんですね。

歌を聴き、その、やっているYouTubeや・・

CDも40何枚とか持っていて、それを聴くんですけど、

そうするとものすごく勇気を得られるというか、

倒れそうなときに、ほんとに助けてもらいましたね」

 

「 勝手にファンなんですけど(笑)

やっぱりね、凄いですよ、なんていうのかな、

あのプロ意識というか、ぶれない」

 

「 小学校6年生の時から一緒の人なんていないじゃないですか。

そこに、その気持ちに戻れる。

ほんとに、そのときに言ってる言葉とか・・」

 

ここでスタッフが涙ぐんでいるえりさんに、

ティッシュペーパーを差し出します。

 

「 あ、すみません、なんでこう乙女チックに・・・

やっぱ苦しかったんですよ。

何十年もやってきた劇団を失ったり、

離婚したりということは、かなり神経がハードなんですよ。

いろんなことを考えながら、それでも別れようとか、

手伝ってきた若い人がもう手伝わなくていいですとか、

人と別れるということは、かなり精神にくるんです。

しかも私なんか、40年間やっていたんですから。

それが一人になるんですから。

一人でやるときに、ほんとにね孤独でした。

孤独で辛くて、それを支えてくれる人がいないわけですから。

そこで助けてくれたのがジュリーですよ」

 

「 沢田さんが作った曲で♪ラブソング というのがあって・・

これがソノシートの頃に作ったもので、

一番最初に作ったのは♪涙 という曲、

二番目に作ったのが♪ラブソング という歌なんですけど、

これは寝る前に毎日聴いていましたね。

で今、寝る前に毎日聴いているのが♪幻の恋。

一カ月前まで聴いていたのが♪夜明け前のセレナーデ」

 

「 ♪ラブソング は私が死んだときに、

かけてくれと言ってあるんですよ。

沢田さんにとってはいい迷惑な話だけど。

まあ、ほんと、助けられました」

 

おばさん役が似合うと言われるけど、

心は少女のえりさん。

そんなえりさんの、この写真がいいなあ。

 

同じ芸能業界に携わっていても、

ジュリーファンを公言する人は多いです。

テレビで、ラジオで、雑誌で見聞きするたび、

ジュリーを好きでありがと~という気持ちになっていましたが、

そしてえりさんにもそうでしたが、

今回のインタビューを聞いていたらね、

純粋に彼女の生き方を応援したくなりました。

10代の頃の「大好き」という感情を、

いまだに新鮮に持っているって凄い。

そんな心のありようが、

尽きぬ創作意欲に繋がっているのでしょうか。

人はそれを才能がある、とひとことで言っちゃうけど。