1999年9月に起きた茨城県東海村での臨界事故。
核燃料の加工作業中に大量の放射線を浴びた患者を救うべく、
83日間にわたる壮絶な闘いがはじまった—。
「生命の設計図」である染色体が砕け散り、再生をやめ次第に朽ちていく体。
前例なき治療を続ける医療スタッフの苦悩。人知及ばぬ放射線の恐ろしさを改めて問う渾身のドキュメント。
(「BOOK」データベースより)
この東海村臨界事故が、今からたった12年前の出来事であったことに愕然としています。
確かに当日の緊迫したニュースを見た記憶はあるのですが、
当時の私は「臨界」が意味することも何もわからなかった。
無知と無関心ゆえに、当時の記憶はぼんやり霞んでいて、
もっとずっと以前の出来事のように勘違いしていたんですね。
とてつもなく重い本です。すべてが重い。
人間が原子力を扱うことの問題について。
命について。死について。それに対する医療のあり方について。
ずっと考えているのだけど、答えは出ません。
原子力なしに、100%の代替エネルギーがあるのならともかく、
それ無しにこの国の体力がもつのかどうか、「でんき予報」が毎日流れる生活にたまらなく不安になる。
火力、火力で今はまだ良くても、これから先の将来はどうなるのか。
大内さんのあまりに壮絶な83日間の入院生活。
回復は極めて困難、と感じつつも延命治療を必死に続けるスタッフの苦悩と傷心。
最後まで「お父さん、頑張って」と祈り続けたご家族の心情。
本書を読む以前は、大内さんの「こんなのはいやだ。このまま治療もやめて、家に帰る。帰る」
「おれはモルモットじゃない」
その言葉だけから、大内さんは不本意にも「死なせてもらえなかった」
…のだ、と思っていたのですが、そんな私が恥ずかしい。
大内さんの死は、第三者が軽々しく何かを語れるような問題とは違うと、
今はそう思っています。
大内さんの魂が、どうか今は平安でありますように…。
たったこれだけの感想を書くのに、数日もかかってしまいました。