最近すごく思う。
自分が選ぶからそうなるのだと。
自分の人生、自分が選んできた結果。
昔は人生は複雑で何が正しくて何が間違いなのか分からないものだと恐怖でガタガタ震えていたが最近はすごく思うのである。
人生はとんでもなくシンプルだと。
寿司を選ぶから寿司を食べることが現実になるし、パスタを選ぶからパスタを食べることが現実になる。
当たり前過ぎる法則に笑ってしまう。
しかし...である。
他のことに関してはこの当たり前過ぎる法則が当たり前でなくなってしまう自分が以前存在していたのである。
ああいう暮らしがしたい、こういう仕事をしたい。
あれが欲しい、これが欲しい。
でも叶わない。
私、とんでもなく不幸!!!なぜ!?
そんな人生エンドレスに繰り返していたわ。
幸せになりたいのに不幸過ぎる。
なぜ私の人生はこうなの!?私が何か悪いことでもしたの!?
ああ、わかった。
私に何か悪霊が憑いているんだ。
だから私は毎日泣いているのでしょう?
いやいや、もしかしたらカルマ的なものなのかもしれない。
...等々、本気で考えていた時期があったのだが、振り返ると何を言っていたんだと思う。
幸せになりたいのに不幸なのだとすれば、言葉と行動が合っていない、ただそれだけ。
朝はゆっくりコーヒーを飲みながらブログを書いたり、ゆったりと瞑想したりヨガをしたりそんな朝を過ごしたいと言いながら、早朝から出勤しなければならない仕事をしていたら、当然そんな毎日はやって来るわけがない。
某ブランドの鞄が欲しいと言いながら、 ファッションセンターしまむらに行き違う鞄を買う。
それで某ブランドの鞄が手に入らないと嘆く。
自分がしまむらで買い物したからだろうとしか言いようがない。
自分のことを大切にしてくれる優しい恋人が欲しいと口で言いながらも、一緒にいるのは自分のことを大切にしてくれないナルシスト男だったら、優しい恋人が隣にいる毎日はやって来るわけがない。
毎日つらくて悲しくてたまらないのだと言うのであれば、その「つらくて悲しくてたまらない」を選んだのは他でもない自分であり、来るべくして来た人生とした言いようがない。
逆に毎日楽しくて幸せでたまらないのも自分でそれを選んだからこそであり、やはり来るべくして来たただの結果なのである。
不幸が嫌ならやめれば良い。
世の中はいたってシンプルに出来ている。
複雑にしているのは人間である。
そんなことを誰かが言っていたような、いないような。
まあ、それだけ人間は複雑に考えることが出来る高度な知能を持ってしまったからだと思うけれど。
皮肉ではあるけれど。
自分の毎日は選択の連続で出来ている。
これも当たり前のことだけど、この当たり前で些細なことを丁寧に行うこと。
自分の気持ちに正直に選ぶことの積み重ねで、自分が笑顔なのかそうでないかが決まって来ると思い私は今日も好き勝手やっている。