私は三浦春馬君を
ずっと忘れないよ
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いまだに驚くべき波紋を投げている
三浦春馬さんの死への関心の大きさを考える
篠田博之 | 月刊『創』編集長
11/23(月) 8:00
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★7月以降、女性の自殺が増えたこととの因果関係は
★いまだに衝撃が収まらぬ三浦春馬さんの死を私たちはどう受け止めるべきなのだろうか
★ 三浦春馬さんの死への社会的関心の驚くべき大きさと事務所が新たに公表した情報について
★ 事務所「アミューズ」と12月公開映画『天外者』
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★ 読者からの悲痛な投稿を今回も公開する
●心身ともに打ちのめされたままです
《三浦春馬さんが旅立たれてから、もうすぐ3カ月が経とうとしていますが、もうこの世に彼が存在しない、という事実に心身ともに打ちのめされています。毎日が気分が上がらず、どうしようも無い虚無感とやるせなさと取り返しのつかない恐ろしさに支配されています。
私にとって生前の春馬くんは横顔の美しい上品なキラキラした俳優のひとりでした。
逝去後の今、もう取り戻すことの出来ない唯一無二の存在に、癒されることのないこの哀しみに、声もなく流れ落ちる涙に…自分の感情がコントロールできません。
人間は表裏一体。表に放つ輝きが強いほど、影は深く濃くなるという。放つ光が強ければ強いほど、周囲の人々はそのまぶしさに目が眩み、裏にある影を見落としてしまう。
ねぇ、春馬? そういうことだったのかな?
毎日、彼しか知りえない答えを天空に問いかける日々です。
人知れず、あの仔犬のような笑顔の裏で何かに悩み、あんなに痩せるほど命を削りながらも最後まで素晴らしい作品を沢山残してくれたこと、おそらく、三浦春馬そのものまでを演じ切って、30年間生き切ってくれたこと、本当にほんとうにほんとうにありがとう。
でもね、春馬?
私はただ、ただ…あなたにここに居てほしかったよ。表に出る人じゃなくなってもいいから、存在していてほしかったんだよ。
ねぇ、春馬? この哀しみが癒される日は来るのかなぁ?
あのね、春馬…? どれだけの眠れない不安な夜を、一人で過ごしていたのかな? いったい、何があったの。今はもう届かない、あなたへの賞賛の声、賛美の嵐…
助けてあげられなくて、ごめんね、ごめんなさい。手を差し延べて、引き上げて、抱きしめて、一緒に泣いてあげたかったよ。
もう大丈夫だよ、春馬は春馬でいいんだよ、安心してね、って言ってあげたかった。
今年は私の残りの人生、辛い1年の始まりとなりそうです。彼の旅立ちに関して真偽の定かでないたくさんの情報が、ネット上で飛び交っています。どうか、どうかこれ以上辛いことが続きませんように。
今、気持ちの真ん中にあるどっしりとした大きな石に押しつぶされそうな日々が、いつもの日常を取り戻せるように。
彼が私たちに残していった沢山の宿題を私なりに一つずつ紐をといて、昇華させて生きていきたいと思います。彼の作品を愛しながら。》(北海道 かんなおさん 53歳)
●三浦春馬さんを十数年見守ってきた
《三浦春馬さんに関する篠田様の記事を読み、涙が止まりませんでした。あの日以来嬉しい・楽しいという感情を無くしたままで、救われた気持ちになった事はそれ以降で初めてでした。感謝の気持ちをお伝えしたいと思いメールをお送りした次第です。
三浦さんを十数年、ずっと見守ってきました。彼の出身地の近くに住んでいたので、田舎特有の口さがない人から、彼の家庭環境の詳細を聞き心を痛めていました。品があり美しいけれどどこか影がある彼の佇まいには、その影響が多分にあると思いました。一俳優の作品を追うというより、上記の事から、彼が一人の人間として幸せであるようにとメディアで見かける度に願いながらずっと見守ってきました。あの日最後に彼が選んだ道を知った時、悲しみとともに何故という思いだけがありました。それは今も両方とも消えておりません。
応援をしても、それは彼が生き続けられる力にはならなかった。ならばせめて彼が感じていた苦しみを、死後であっても理解し彼に寄り添いたいと願うのが彼を長年思ってきた人々の気持ちだと思います。彼自身のコアな部分に触れることは望んでいません。ただ、彼の周りの人々があの日まで彼にどう対応して来たのかが知りたいのです。何故という気持ちに動かされ、縋る気持ちで色々な報道を片っ端から見ました。が、その疑問に対する答えになるものは今まで何一つありません。(略)
自死ではなく、この様な事がまかり通る社会に、彼は命を奪われたのだと思っています。そして自分もその社会を構成する一員である事に、私は日々彼に申し訳なく思い過ごしています。
このままの社会ではいけないという事に、皆心のどこかで気づいてはいるのだと信じたい。自分と異なる政治的意見に、右寄り左寄りと批判し、自分には何の関係もない芸能ゴシップの当事者を寄ってたかって吊し上げる。日本はいつからこんな不寛容な社会になってしまったのでしょうか。
三浦さんはそれについてもSNSで声を上げていました。それとは別に、出演した作品を見た人が心の中に何かを得てくれたらと多くの取材で述べています。
この社会を、人々をよりよくしようといつも思っていたのです。彼は現状を変えたかったのです。でもそれもかなわず去ってしまった。
残された私に何ができるか、一生かけて実際に行動し、考えていくべき問題だと思っています。彼から貰った、この世での宿題と考えます。》(よしばさん 48歳)
●春馬さんのいない世界が痛くて苦しい
《初めまして。私は何かの記事にコメントしたり、芸能人のSNSにメッセージをしたりしたことは一度もないのですが今回はどうしても気持ちを吐き出したくなりメールをさせていただきます。
三浦春馬さんのことはとても大好きですが熱心に追いかけたり、舞台を見に行ったりしたことはありません。ですがやっぱり春馬さんがいなくなってしまったあの日から私の心の中は変わりました。
空気も変わってしまった気がするほどです。
春馬さんのお友達や共演者さんやスタッフさんからの春馬さんとのエピソード、プライベートの春馬さんと不意に会った一般の人のエピソードを見ると春馬さんは本当に努力をし、一生懸命勉強をし、表面上だけじゃない優しさを持ち、人を想い、美しくきちんと生きた人だとつくづく感じました。なかなかそんな生き方を出来る人はいないと思います。
そんな春馬さんが生きられなかったこの世界に絶望してしまっています。清く正しく美しく生きる事は所詮綺麗事なのでしょうか。子供達にどんな大人になってほしいと願えばいいのでしょうか。春馬さんのような美しく人を想えるきちんと生きられる人になってほしいけど…そんな人が生きるには苦しい世界なのでしょうか。
それと同時に、自分勝手に親不孝をしながら大した努力もせず生きてきた私は生きていていいのか…生きる価値があるのか…と考えるようになりました。
あの日から涙が流れない日は1日もありません。春馬さんに逢えないからこんなに痛くて苦しいのではないのです。
春馬さんがいないこの世界が痛くて苦しいのです。
せめて今は春馬さんが全てから解放されて春馬さん自身のために生きていてくれることをいつも願っています。春馬さんの記事がなくなってしまうことがとてもとても辛いです。また記事を拝見できることを願っております。》(京都府 麻里子さん 39歳)
●両親、長兄を亡くした時以上の喪失感が
《貴殿の月刊誌を読み、悩んだ末にやはり、この思いを伝えたくお手紙を書くことにしました。空羽ファティマさんの記事は、特に興味を持たせて読ませていただきました。
(クローゼットの話はいささか共感できません。自死の場所にそこを選ぶのはおかしいとは思いません。もし、私でも他の部屋より狭い部屋を選びます。他の部屋には吊るせるところないと思いますが…考えるだけでぞっとしますが)
他の話はとても共感し、感動しながら読ませてもらいました。命は長さではなく濃さというくだりもよかったと思います。ただ、本心は生きていてほしかった……(略)
三浦春馬さんが亡くなり早くも3カ月が経とうとしています。
私は、若い時から、彼のドラマはよく見ていましたが、ファンというよりそのドラマの内容で見たり見なかったりという程度のものでした。
あの7月18日、たまたま携帯を開いたとき、そのニュースに愕然としました。
しかし、そこまでは多分あまり芸能界に興味のない人も、同一感情ではあったと思います。
それから、今までの月日がこんなにつらいものだとはその時には予想もしてませんでした。
1週間後にミュージックステーションでの彼のMVを見た時にあまりに歌も踊りも素晴らしく「もったいない…なぜ?…」
それから、YouTubeを調べていくと彼の真面目に取り組んでいる姿、インタビューでの真摯な答え方、舞台では、ドラマと違う生き生き動く体、すべてが魅力的で、どうしてという喪失感に一気に落ち込んでしまいました。そんなに生きづらい世界だったのか、と。
DVDやCDを買い、四十八都道府県に載っていた近県まで足を運び、対応していただいた人の話で号泣し彼自筆の台帳に涙ぐむ始末でした。
彼の残した本「日本製」にも前向きな言葉ばかりで胸が痛んでしまいます。
歌声を聞くと素晴らしく、私も歌の個人レッスンを受けてますが、「アベマリア」「千の風になって」を歌うと涙が溢れてしまい、歌うことができなくなってしまいます。
2カ月程間の間は、あちらには春馬さんがいるから行こうかなと思うくらい危なくなってました。
週刊誌に載っていた彼の自筆の手紙 丁寧にお礼が書かれ内容も素晴らしく、またしてもどうしてこんな人が、悲しい結末を選択しなくてはいけなかったのかと落ち込み、身内でもないのに、身内以上の感情になり、深い悲壮感に陥ってしまいました。
考えると涙が溢れ、苦しかったろうな 辛かったろうとか思い、テレビを見ても内容に興味がなくなり、寝ても覚めてもネットで春馬記事を探す自分がいます。
(前ほどではありませんが、それはまだ止められません…)
きっと多くのファンや、そうでなかった人も、そんな状態になっていらっしゃったと思います。
私は、20代前半に両親、長兄と続けざまに亡くしましたが、その時以上に喪失感が半端なくあります。
身内はしっかりと別れという儀式をして、新たな一歩を踏み出さなくてはという覚悟があるからでしょうか。……
死んでも、世の中は変わらない。それも悲しすぎます。
でも、三浦春馬さんを忘れないでほしい。
生真面目に真摯に俳優という仕事を通して、表現者として努力を惜しまず、人への思いやりと笑顔のすばらしさを伝えてくれ、いろんな人生があることをドラマで伝えてくれたこと、ありがとうございました。(略)
今、希望にあふれた世界とは言えません。でも人間は、生きて存在することに価値があります。
やっと私は、この気持ちまでに戻ることができました。それは何人もの友達にこの状態を泣きながら話しました。(家族にはさすがに言えませんでした)
同年代の友、若い年代の友、みんな親身に聞いてくれ、さらけ出すことができました。
彼の死を受け止めることが、どうにかできるようになりました。彼の作品を見て、物語の内容に没頭することができるようになりました。
彼の作詞作曲の歌を、歌いこなして発表会に出ようかと思うようにまでなりました。
春馬愛に変わっています。空の上で見てくれることを信じて、濃ゆくなくてもいい、細く長ーい人生を生きていきたいと思ってます。》
最後の女性の投稿は封書で、丁寧に書かれた文字が心情を反映していた。家族を亡くした時以上の喪失感を三浦春馬さんの死によって感じたという、壮絶な内容だ。多くの女性たちが感じたこの喪失感とは何であるのか、今後もフォローを続けたい。
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12月号
三浦春馬「死」の波紋
三浦春馬「死」の衝撃
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寒くなって来たから、
風邪引かないようにね。
こっちのファンの皆は春馬君の事忘れてないからね。
可愛くて可愛くて




