””過去””④ | …。

離婚が成立し、
3歳の頃から住んだ魔の城…を
引っ越すことから始めた。


この家に住んだ14年間…




電気・ガス・水道
ライフラインが止まることなんて
珍しくはなかった…

サラ金の対応を
未就学児の自分が担当したこと…

缶詰で生き延びた時期…

子供だけで自炊した日々…

夫婦喧嘩の仲裁を上二人に司令され
寝ぼけたフリして下に降りたこと…

お昼寝から目覚め、母親を探し回ったこと…

母親に包丁持って殺されかけたこと…
(出ていった姉とこっそりあったのがバレた日)

学校から泣きながら夜中に帰った日のこと…
(進路を決める最後の懇談に来てと
初めてお願いしたのに来なくて…
9時まで担任に待ってもらった…)

もう、こんな家はやだ…
施設に入りたい…と父に泣いてお願いした家…


絶望して自殺未遂をした家………


家族が減り…
用意するお茶碗が5枚から4枚…
4枚から3枚へ……

その悲しみを毎回感じながら用意したこと…




これもまた書ききれない…


沢山の深い傷を背負った家…



もうこの家には居たくなかった。



それは、父も兄も同じだっただろう…。


でも、そういう事を父や兄に任せても
具現化はしない。


私は自分で不動産周り引っ越す家を決めた。


みんな働いてるから家賃は
大人も子供も関係なく÷3で払おうと。
決めた。


兄は、父におんぶに抱っこ的な
ところがあったからこれを機に
それも廃止したかった。
車の免許代も最初の車も父が買った。


それは、母親が兄の貯金を使い込んだから。
兄は車好きで、免許取ったらCROWNのV8に乗ると中学卒業してから働いたお金は全部貯金してたのに…。


みんな揃ってズブズブだった。


その負い目が父にはあり、
兄には甘い部分もあった。

だけど、生活費はどこに住んだって
発生するんだ。。。
親元でも、それくらいはキッチリしろ!
私はそんな考えの17歳だった…


もう、お金のトラブルはうんざりだから…



この家とサヨウナラ。
私たちが出たあとこの家は壊され
更地になった。


母親への気持ちは
恨み以外の何者でもなくなった。



続く…