でも、こんな夜中に会えるはずのない
距離にいる私に、当日知らせてくれた
幼なじみ(あーちゃん)の気持ちを思うと、、
私が動揺してる場合ではないと思い
電話しました。あの後。
意外にも、あーちゃんは元気でした。
聞けば、7年も前からこの日を恐れていたのだそう
すごく柔軟な人なのに
病院となると頑固な人で、
誰がどんなに言っても病院へは
行かず、、でもみんなは症状をみて
きっと癌だと感じていた。
あーちゃんはら7年も前からこの日の
覚悟を毎日毎日してきたようなものだから、
亡くなった今日よりも、恐怖に怯えた年月の方が
辛かった。と。
自分はお母さんに依存してたから
居なくなることの恐怖が耐え難いものだった
‥‥と。
色んな受け入れ方のある死。。。
私はおばちゃんの死がとても悲しい。
幼なじみの親。それじゃない。
おばちゃんと言う一人の人間が大好きでした。
おばちゃんは、我が家の母親を知ってる。
そして迷惑を被った一人でもある。
金銭的に。そして私は『ちょっと見てて』と
預けられて、あーちゃんちにそのまま迎えに
来ないとか。ただ近所に住んでただけで
随分利用された。
だけど、それでも他の大人みたいに
私を差別することなく
『子供は皆愛される資格をもって生まれてきてる』
と言わんばかりに、優しく接してくれた。
母親に騙された人間は、相手が子供であろうが
『あんたの母親は最低な女だ』とか平気で言うのに
(言われて然り)おばちゃんは、絶対にそんなことは
言わない。
母親が帰ってこず、ご飯食べれない時、
ご飯屋をしてたおばちゃんが
食べさせてくれた。
『お金ないから要らない』
『子供はそんなこと気にしなくていいよ!
お腹一杯食べなさい』って。。
私は何もお返しできないから
お店の片付けを(食器下げたり)手伝ったら
帰り間際に1000円くれて、
『要らないよ』って言うと
『働いたらバイト代もらえるんだよ(^^)』
『おばちゃんところに来れない時
お腹すいたら何か買いなさーい(^^)』って。。
あーちゃんが、分けもわからず
『今度お母さんとデパートでパフェ食べるの♥️』
と口を滑らせたときも、、
私が羨ましそうな顔をしたんだろう。。。
『🐰ちゃんも一緒に行こう🎵』って
『お金ないから行けない』
『そんなこと子供が心配しなーいの♥️』
人生初めて食べた『パフェ』。。。
ワスレラレナイ味。。。
帰りには、バーゲンであーちゃんの洋服を
買っていた。
あーちゃんちについたとき
『これ!🐰ちゃんに似合うかな?と思って!!
バーゲンのものだけどね(^_^;)』
渡してくれたツーピースの青色の洋服。。
それは、哀れみではなく
全ておばちゃんの優しさだった。
そういう人。。。
あーちゃんは、私の家庭の事情まで知らない。
普通じゃないことは分かるけど
具体的なことは知らなかった。
大人でも関わりを持ちたくなかった、
避けら続けた🐰ん家。。。
私には沢山の恩がある。。。
続く