北極の配信を見て
果てしなく広がる気配を
どっぷり感じに行って
雪の感触を自分の記憶から
思い起こしながら
自分自身も
今まさにそこにいるような感覚で
画面の向こうと同調しようとする
思い起こした感覚は
もちろん北極のそれとは
当たり前に違ってて
でも、それがあってるとか違うとかは
どうでもいい
そうしようとせず
全くの他人ごととして
遠い世界の出来事のように眺めているのと
同調しようと
さも、そこにいるかのように
感じに行こうとするのでは
まったく感覚が変わる
それをキャッチする
神経の育ち方も変わる
その後ね
demention4の
初日動画を見ながら
音楽を聴きながら
その世界に入っていく時
さっき同調した
あの北極の景色を
そこにいる時の
体感に入っていった
その時
その時ね
身体が泣く
感情が動いたというより
身体が泣くという感覚
それをすこーーし感じた気がする
何かが混みあがってくる
確かに身体からの
何か揺れるもの
さっちゃんがいう
身体が泣くという感覚が
この感じかどうかわからない
でも、
今のわたしにとっての
身体が泣くは
これだった。
初めての感覚
でも、たしかにそこに
感じたかすかな揺らぎ
これをなかったことにするんじゃなく
気のせいにすることもなく
これを広げていくんだ
奢ってはいけない
勘違いしてはいけない
謙虚であらねば
基本自分のことは
小さく見積もる
それこそが
美徳であり、
だから成長もできる
そんな考え方って
ない?
ザ 昭和 かもしれないけど
その昭和を生き抜いてきたから
当然染みつきに染みつきまくっていて
そして、
そのやり方で
ある程度結果を出しちゃったもんだから
でも、そこを
もうひとつ、ふたつ
突き抜けたいと思って
今こうしている
今までの自分とは違うやり方で
そして、きっと
ここにこの世界の真実が
あると思えた
それを信じて
やってみる
それをやっている。