渋温泉の奥にあり温泉街が門前町のように連なる

場所・ 長野県下高井郡山ノ内町平穏2032

電話・ 0269−33−2220
 
創建・ 嘉元3年(1305)

竣工・ 古め

構造・ 木造平屋建て

ご本尊・ 釈迦如来

庫裏・ あり 参拝無料

人物・ 武田信玄 真田氏

最終訪問・ 2021・10 「つばたや旅館」宿泊

長野県北部の渋・湯田中温泉郷の渋温泉街にある温泉のお寺ですお願い
ここを起点に渋温泉街が門前町のように連なり、共同湯や温泉宿が参道に軒を連ねますキラキラ

 

山号にもなっている横湯川

 

境内の横にも足湯があったりと文字通り「温泉寺」なのです波
創建は、嘉元3年(1305)で、700年以上の歴史があります乙女のトキメキ

 

場所的には渋温泉の川側 

 

虎関師練国司が(京都の東福寺・南禅寺住持・南北朝時代の僧)巡賜で渋温泉に訪れた際に、草庵を設けたのが始まりとされ、渋温泉の効能を広めるとともに、臨済宗の寺院として寺観を整えたと伝えられていますキラキラ

お寺の脇にある足湯 真っ赤に染まる 


その後、一時荒廃しましたが、弘治2年(1556)に渋温泉在住の大檀那が貞祥寺(長野県佐久市)の円明国師を招いて再興し曹洞宗に改宗していますお願い



戦国時代には武田信玄が帰依し永禄4年(1561)の川中島の上杉謙信との戦いの際には渋温泉で疲れを癒したと伝えられていますお父さん
その感謝もあってか永禄7年(1564)には寺領70貫分を寄進し、現在でも寺紋には武田菱が乙女のトキメキ

 

足湯周辺 



江戸時代に入ると松代藩(長野県長野市松代町・藩庁・松本城)歴代藩主である真田家が庇護し寺運も隆盛しますまじかるクラウン
寺宝には武田信玄直筆の寄進状や軍配も残され、開基も武田信玄公となっていますキラキラ

 

紅葉の門前 10月末 


 

境内は広く山門・楼門(入母屋造り・桟瓦葺・一間一戸)・鐘楼・本堂(二重入母屋・桟瓦葺き・唐破風向拝つき)・経堂(宝形・桟瓦葺き・一間唐破風向拝つき)などが建ち並んでいますウインク

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夜の渋温泉の路地裏 好きな道 


ここは、渋温泉街を歩き回ると見えてくるので、わかりやすいですし、周辺には源泉も沸いており、温泉好きにはたまらない位置にある寺ですお願い
やはりあの武田信玄公も川中島の戦いの後に、ここで疲れを癒したのですねびっくり

さらに細い路地 


今回、宿泊した宿がちょうど、真田氏の本陣だったという宿で「つばたや旅館」といいます(このときは他に1名のみでほぼ貸し切り状態)ウインク
なので、この旅館の位置に真田氏が宿泊して、温泉は武田氏も浸かったと思うと、やはり昔の武将たちも温泉が好きだったのですねラブラブ

 

紅葉の「つばたや旅館」(使用していない棟)



お寺の寺紋には武田菱があるということで、武田氏とつながりの深いお寺のようですね乙女のトキメキ
やはり長野は武田氏の影響が強いですねお父さん
秋には紅葉もきれいなので、温泉街を散策がてら参拝されてみてはお願い

寺・武田氏・曹洞宗好きの方にもおすすめです♪

 

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山ノ内町の寺社