じんせいはブーメランであり、じぶんがかこにおこなったことが、めぐりめぐって、じぶんにたいして跳ねかえってくるのであれば、まだ若い未成年だからと、キケンなはんざい行為をしたり、ガッコウでの悪質なイジメなど、たにんにたいしてヒドイことを言ったり、おこなったりすることは、ソレは、「じぶんで、じぶんのクビを絞める」という行為になりそうである。
しかも、じんせいのブーメランは、すぐにはかえってこず、20年から30年近くたってから、じぶんに跳ねかえってくるようである。
ということであれば、若い未成年の時期に、キケンなはんざい行為をしたり、ガッコウでたにんをイジメたりして、ヒドイことをおこなえば、ソレは、「40代くらいになってから、じぶんにたいして跳ねかえってくる」というカタチになる。
あたりまえのことではあるのだが、40代ともなれば、じぶんの一生の時間のなかで、すでに後半にはいっているかとおもわれる。
つまり、もう若くはなくて、おおきなミス・しっぱいをしても、とりかえしがつかない歳であるともいえる。
たしかに、若いころのミス・しっぱいであれば、若いからこそ、後でばん回したり、とりかえしがつくかもしれない。
ジャンル・ぶんやを問わず、おおきな成功をしたニンゲンには、「若いころに、おおきいなミス・しっぱいをして、とてもくろうした」というケースは、たしかにあるかとおもわれる。
だがしかし、ソレはあくまでも、「まだ若いからこそばん回したり、とりかえすことができた」ともいえそうである。
つまり、「一生のうちの前半であり、じんせいにおける時間が、まだ十分にあったからこそ、ソレが可能だった」といえるのではないだろうか。
40代にはいり、若くなくなり、じんせいの後半にはったニンゲンに、はたして、そのようなことが可能なのであろうか。げんじつてきにかんがえてみて、かなりむずかしそうである。
まだ若い、未成年だからといって、キケンでおろか・バカなことをしたり、ガッコウでイジメをするなど、たにんにたいしてヒドイことを言ったり、おこなったりすることは、すなわち、
「じぶんのじんせい・一生の後半戦で、キケン・もんだい・トラブルを呼びこみ、おおきな不運・不幸におそわれる確率・リスク・キケン性というものが、かなりたかくなる」といってもいいのかもしれない。
ということであれば、やはり、「まだ若い未成年・わかものなのだから、なにをやってもいい。若いんだからゆるされるろう。のこりの一生・じんせいに、なにも悪えいきょうはない」という視点・かんがえかた・発想・スタンスは、ダメかとおもわれる。