あたりまえのことではあるのだが、どれほどアタマの良い大天才・大秀才であっても、「じぶんがこれから先のミライで、どういうタイプ・しゅるいのニンゲン・ものごと・できごと・ジケン・そしき・事象・現象と出会い、かかわることになるのか」ということを、じぜんにきめたり、じゆうにコントロールすることはできない。ゼッタイにできないといえる。
そのために、キケン・もんだい・トラブル・モメごとのおおい、悪縁といえるニンゲン・そんざいとの出会い、かかわりあいを、カンゼンにゼロにするということは、ゼッタイにできない。
つまり、ダレであっても、いきていれば、あるていどは悪縁との出会い、かかわりあいが生じることになる。コレは避けようがないし、ふせぎようがない。
ということであれば、悪縁と出会い、かかわりあいになったのであれば、ソレにたいして気がついた時点・だんかいで、すばやく対処・たいおうし、ショリするかどうかによって、おおきな違い・差がでてくるかとおもわれる。
ろこつにいってしまえば、ひがい・そんがいの額・キボなどに、天と地ほどの違い・差がでてくるのかもしれない。
悪縁とのつながりを、ながい期間にわたってもっていれば、あたりまえのことではあるのだが、じぶんにたいして、たくさんのキケン・もんだい・トラブル・モメごとが、やってくるというカタチになる。
ということであれば、その分だけ、じぶんのひがい・そんがいの額・キボは、比例しておおきくなり、量もふえてしまうはずである。
コレとはぎゃくに、悪縁というものを、すばやくみつけだし、けずり、つぶし、消去することができれば、じぶんにたいしてやってくる、キケン・もんだい・トラブル・モメごとの量はへり、かずもすくなくなる。つまり、ひがい・そんがいの額・キボもへり、すくなくなるはずである。
ニンゲンが、しゃかいのなかでシゴトをし、せいかつをし、いきている以上、あるていどは、悪縁との出会い、かかわりあいが発生することになる。
だがしかし、「その悪縁によって、じぶんがどのていどヒドイ目に遭い、ひがい・そんがいをうけるのか」ということについては、もしかしたら、そのほんにん次第という一面があるのかもしれない。
つまり、悪縁をみつけだすのがはやく、その上さらに、悪縁をけずり、つぶし、消去するのがはやく、うまいタイプのニンゲンは、ひがい・そんがいの額・キボ・量をへらし、すくなくすることができるのかもしれない。
そして、こういうことが、うまくできるためのチカラ・のうりょくのことを、「危機管理のうりょく」といえるのかもしれない。