先日このブログにも書いた前任校での映画討論会。
読売新聞の朝刊にも載っておりました。
やはりZOOMでフランスから当事者の孫が出演し、優秀な高校生と語り、差別について考えるというのは有意義な試みだからだ。
映画は『オフィサー・アンド・スパイ』。
本日が日本公開日。
世界史で誰もが習う「ドレフュス事件」が元になっている映画。
監督はポランスキー。
この映画の討論会があることを4月に前任校の先生よりご連絡いただく。
私は『チャイナタウン』を見返したばかりだったし、字幕監修は内田樹だったことに胸躍る。
プレスのゲラも見せてもらうと、レヴィナスがこの事件をきっけにフランスに移住したと書いてあり、興奮。
内田の『他者と死者ーラカンによるレヴィナスー』を読んだばかりでもあったのだ。
しかもゾラも関わっていたなんて!
無知ゆえに知らないことばかりだが、知らないことを学ぶというのは本当にエキサイティング。
これは討論会にも参加せねばと映画を2回観て参加。
しかもなんとその日は延期された体育祭の後。
生徒は皆疲れ果てていると思いきや、午後6時から8時からの勉強会に20人以上が参加していた。
それだけでも素晴らしい。
私はその会に出かける前に、何か予習しなければと思っていた。
知的な場に立ち会うには、それだけではだめで、プラスアルファが必ずいる。
きっとアーレントが良いと思い、確かアーレント我が家にも3冊くらいあったと探す。
が、どこにしまったか、ない。
困って、「100分de名著」ハンナ・アーレントを見てみると、ビンゴ。
『全体主義の起源』の第1回はまさしくドレフュス事件についてアーレントが語っていたのだ。
〈映画のあらすじ〉
***
ドレフュスは、ユダヤ人であることから全くの無実でありながら有罪判決を受ける。
ドイツに情報を流した咎で終身刑。悪魔島に流される。
一方、彼を教えたことのある陸軍のピカール中佐が情報局へ異動。
杜撰な体制を変えようと自ら調べていくうちに、ドレフュスの無実を確信する。
ドレフュスが国を裏切った証拠も捏造だったこともわかるが、上層部は事実を隠蔽し事件に蓋をしようとする。
八方塞がりの中、話を聞いたエミール・ゾラが「私は告発する」という記事を新聞に投稿。
それにより、フランスが二分する事件へと発展した。
ピカールは左遷され、不倫も暴露され、弁護人は命を狙われる。
しかしそんな苦難を乗り越え、ドレフュスは釈放。最終的には無実となる。
***
その事実をスリリングに描いたのがこの映画である。
あ、そうか。
事実が元になっているので、あらすじを公開前にここに書いても構わないのだった。
さてアーレントは「反ユダヤ主義」の象徴が「ドレフュス事件」だったと述べている。
排除せねばならない異分子は敵、と国民国家誕生が国民に思わせてしまう。
パリア=体制外に置かれ人間扱いされない人
としてユダヤ人が排除されてしまうことになった。
しかも事件の前にパナマ運河疑獄贈賄事件により、ユダヤ人を憎む素地がフランスに出来上がってしまっていた。
そうして、国民国家が誕生する中で、同質性が求められ、異分子は同化か消滅という極端な思想ができてしまったのだ。
そして討論会。
高校生が
「差別をなくすには?」という直球の質問を投げかけると、
ドレフュスの孫、シャルルさんは
「教育しかない」
とおっしゃった。
負の遺産を後世に伝えていくことが大切だと。
教育現場に身を置く者としては、どーんと胸に響いた言葉だった。
討論会に参加した日、私は自分の勤務する学校を午後2時に出て帰宅したのは夜10時だった。
疲れた。
でもそれ以上に行って良かった、とても。
「複数性の大事さ」
「考え続けることの重要性」
身に染みます。
最後に映画の感想ーー。
非常に示唆に富んだ映画であり、ナショナリズムや偏見、正義と真実など、多くのことを考えさせ、サスペンス作品でもある。
陸軍にいながらも、正義を貫こうとしたこの映画の主人公ピカールがいなければ、またゾラがいなければ、全く無実のドレフュスは一生を悪魔島の監獄で過ごすことになったはずだ。
いつの時代においてもあらゆる人々の責務は人間らしく正義を貫くことーー、ゾラが残した言葉は、時代や地域を超えて我々一人ひとりが重んじなければならない。
ああ、内田の『私家版ユダヤ論』も読み直そうかしら。