心身相関関係に関するこの考え方は24年間の臨床経験の総決算ではあるが、
実は、本論にとっては出発点である。
それは痛みを診断し治療してきた私の経験から発展してきた考え方ではあっても、
痛み以外の数多くの病態とも関係があるはずだ。
それどころか、なんらかの心身症を抱えていない人などいないだろう。
そういう症状のひとつやふたつ経験しないで一生を終える人は、いたとしても非常に稀だろう。
というのも、身体症状は進化の現段階における心の体系を映し出しているからだ。
非常に重要なのは、こうした症状が、心と身体は切り離せないものであることを示している点である。
両者は相互に密接不可分な関係にある。人間の疾患の病理は心の役割を要因として織り込まないかぎり究明することはできない。
ごくありふれた疼痛症候群と取り組んできた私の経験からでも、病気に潜む心理的要因を無視することの愚かさがはっきりとわかる。
心は脇役のこともあれば主役のこともある。
病理のこの特質を無視するのは、疾病における微生物の役割を無視するのと同じくらいの怠慢だ。
この考え方は私の診断と完全に合致したというだけでなかった。
私は初めて、なぜこの疾患のプロセスを学び受け入れるだけで症状が改善するのか、そのわけを知った。
イリノイ州ピオリアに住む読者はTMS理論に関する拙著の一冊を読んだのだろう、
私と話をしたこともなければ私の診察も受けていないのに、完璧に症状が消えたという。
その理由が今はっきりした。
謎は解けた。
プロセスの内容を患者が受け入れるやいなや、脳の戦略は効力を失うのだ。
TMSが脳の誘発するプロセスであることはずっと以前からわかっていたが、なぜ脳がそのようなことをするのかは謎だった。
身体症状が現れるのは、隠しておきたい感情から注意をそらそうとするからであり、
秘密裡に行っていた操作を暴くことによってその操作には終止符が打たれ、痛みが消える。
このプロセスが今明らかになったのである。
そして実際にそのとおりのことが起こっていた。
私は初めて、なぜこの疾患のプロセスを学び受け入れるだけで症状が改善するのか、そのわけを知った。
イリノイ州ピオリアに住む読者はTMS理論に関する拙著の一冊を読んだのだろう、
私と話をしたこともなければ私の診察も受けていないのに、完璧に症状が消えたという。
その理由が今はっきりした。
謎は解けた。
プロセスの内容を患者が受け入れるやいなや、脳の戦略は効力を失うのだ。
TMSが脳の誘発するプロセスであることはずっと以前からわかっていたが、なぜ脳がそのようなことをするのかは謎だった。
身体症状が現れるのは、隠しておきたい感情から注意をそらそうとするからであり、
秘密裡に行っていた操作を暴くことによってその操作には終止符が打たれ、痛みが消える。
このプロセスが今明らかになったのである。
そして実際にそのとおりのことが起こっていた。
3回目の追跡調査はまだ実施していないが、現段階で1987年の結果をさらに上回っているはずだ。
TMSの心理プロセスについて私が飛躍的に理解を深めたからというだけでなく、
選別法を採りつづけているおかげでもあると考えている。
ある医学論文のために同僚の精神分析医スタンリー・コーエンと共同研究を行っていたとき、
彼が「身体症状は、ひょっとしたら不安の身体的表現ではなくて、精神分析医のいう防衛機制が機能した結果ではないだろうか」といった。
身体症状は不安の身体的表現であるというのは、私が長年取り組んできた仮説だ。
防衛機制という言葉は、その メガニズムを考えると、多少誤解を招く恐れがあるような気がするが、
それはともかく、防衛機制が働く(この場合は、身体症状が現れる)のは、当人の注意を心から身体にそらし、
無意識下の(抑圧された)ある感情に気づいたり向き合ったりするのを避けようとするからである。
抑圧の役割をこのように新たに解釈したことは非常に画期的な出来事だった。
私がこの問題に取り組み始めてから15年後のことである。
TMSの心理プロセスについて私が飛躍的に理解を深めたからというだけでなく、
選別法を採りつづけているおかげでもあると考えている。
ある医学論文のために同僚の精神分析医スタンリー・コーエンと共同研究を行っていたとき、
彼が「身体症状は、ひょっとしたら不安の身体的表現ではなくて、精神分析医のいう防衛機制が機能した結果ではないだろうか」といった。
身体症状は不安の身体的表現であるというのは、私が長年取り組んできた仮説だ。
防衛機制という言葉は、その メガニズムを考えると、多少誤解を招く恐れがあるような気がするが、
それはともかく、防衛機制が働く(この場合は、身体症状が現れる)のは、当人の注意を心から身体にそらし、
無意識下の(抑圧された)ある感情に気づいたり向き合ったりするのを避けようとするからである。
抑圧の役割をこのように新たに解釈したことは非常に画期的な出来事だった。
私がこの問題に取り組み始めてから15年後のことである。