毎朝5時半頃に起きてクオンタムジャンプシー

トをしています。

テーマを書きそのあとに、内観光受7分→て

ーマに対し感じたことを書き→神成瞑想7分

→感

じたことを書き→内観光受7分→感じたこと


を書き→真我の実践7分→感じたことを書く

。これをやりながら最近自分の個性役割を

改めてというか、ますますというか感じる

ようになりました。

内観光受をやっても真我を開いたあの時が、

あまりないのもあるんでしょうが内観光受

をして体感したり、涙が出たりはないのです

が、そんなことを気にせずやり続けられる

自分。毎日とはいえ寝坊した時はしなくても


平気な自分。時間がない時は7分を1分にした

り自分の都合で変えられる自分。

こだわりがなく適当でもいい加減でも大雑把

にでもあらゆることをやる自分。

準備より行動を先にする自分。

正確さよりやる事が自分らしい生き方のよう

です。

前回の話は私がお誘いした人が真我教室に参加しない連絡があったとこまでお伝えしました。

 

私とのやりとりでその女性は大きな気づきがあったようで今回の真我教室は不参加になって

 

も真我に出会いたいという意識は持っていただいたような感じがしました。

 

そして真我教室当日、予約いただいている方はいませんでしたが、1時間前に会場入りし

 

準備をしました。

 

開始20分前になっても誰も来られません。その時電話でやりとりしたKさんから電話が入り

 

参加しますとのこと、だけど

 

今から自宅を出るので時間に間に合わない旨、そして子供がいるけど連れて行っても大丈夫

 

でしょうかと質問がありました。他の参加者は来られないようでしたので、大丈夫と答えKさん

 

を待ちました。

 

すると受講生の女性が会場に来られました。予想していなかったのでとてもうれしかったの

 

と、数日前のfacebookで「あなたを見守ってくれている人は誰」という診断をした時に正に

 

その受講生の方という診断結果だっただけにびっくりしました。

 

事情を話してKさんが来られるまで開始時間を延ばすことを了承いただきました。

 

やがて開始時間45分程過ぎにKさんが会場に現れ、すぐ真我教室を始めました。

 

Kさんは食い入るに話を聞かれ、自分に置き換えて感じ取っていただいているようでした

 

。時間が進むにつれ二人のお子さんがしびれを切らし、会場の床に座り込んだり、歩き

 

回ったりし始めました。Kさんの注意とはうらはらに子供さんは中々言うことは聞きません。

 

すると受講生の女性がまるで保育士さんのように相手をしてくれ、会場外のラウンジに子供さ

 

んを連れ出してくれました。

 

そのおかげでKさんは最後まで聞くことができ、心の仕組みがよくわかったと言ってくれすぐ

 

受講はできないとのことでしたが、橋渡しをしていただけました。

 

もし当日何名もの参加者がいたら気を使って帰られたかもしれない。

 

もしKさんと子供さんだけの参加だったら外に出て子守しなければならなくなり話が聞けな

 

かったかもしれない。

 

受講生の女性が一人いてくれたおかげでKさんも安心して話に集中できた。

 

その受講生の方も子供さんを通し真我に意識が合わせられ、楽しかったと言われた。

 

私は真我を開いても元に戻ることはないことを例え話を使って説明することができた。

 

すべて完全で完璧だとすべてに感謝の気持ちに溢れました。

 

                                              以上

 

 

 

10月8日に自主開催の真我教室を開催しました。その結果が完全で完璧だったのです。

 

前回の自主開催の9月18日から3週間程しかなく、集客が十分できなかったのもあり

 

女性のKさん1人だけの参加の予定でした。

 

そのkさんから前日電話がかかってきました。

 

ある方からの勧めで瞑想をした方が良いと言われ、その方からは瞑想をしないと真我教室に

 

言っても講師の話が頭に入らないし、真我に出会っても元に戻ってしまうから瞑想をしたり

 

 

「真我の実践」を唱えなさいと指導され、たいへん素直なKさんは「瞑想をしばらく続けてから

 

真我教室に行きます」と言われ、参加しない旨を伝えられました。

 

そこで私はkさんにある方が言われた瞑想とはあくまでも開いた真我を継続させる手段であ

 

ること、元に戻るというのは、そのある方の記憶を通してみた感じ方であり価値観であること、

 

真我に出会うとは、例えるならヘリコプターで富士山の頂上へ一瞬で昇り、そこから素晴らし

 

い景色を観ることでありその景色が真我であり観たことは戻りようがないでしょう、と伝えまし

 

た。

                                           この続きは次回です。