ブログネタ:自殺について考える 参加中
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 自殺はいかんです。誰にでも、死にたくなる程つらいときはあったはず。でも、それを乗り越えてきているのは困ったときに助けてくれる人がいたり自分で乗り越える強さを身につけたりという過程があればこそ可能だ。日本人の本質が生真面目すぎるのかもしれない。もっと人生を楽しむことを考えるのが重要だ。中には、どうしようもなくだらしなくて、人に迷惑ばかりかけている人がいるかもしれない。たとえどのような状況にある人でも、輝くものがあってしかるべき。要は、その輝きを出す場所とか輝きだす方法とかを知らないのだと思う。

 高校時代は何度か死にたいと思ったことがあるが、自殺未遂は一度もない。これは、肯定的メッセージつまり「自殺するくらいだったら人生をいかに楽しむかを考えた方がずっと楽しい。」という親の教えが影響していると思う。いかに、発想の転換を図り考えていくのかが人生を楽しくする1つの柱だ。

 若い学生の自殺も後を断たない。この問題で、学校だけに責任を押し付けるのは疑問?が残る。そもそも、教育は学校・家庭・地域の連携があるから成り立つものだ。ただただ数字を追いかけるなら、有名塾に通わせて有名新学校に入学させていれば安泰。しかし、「教え育てる」ということは必ずしも『トップになるための方法』を伝授することだけではない。むしろ、その後に待っている部分。例えば、如何様にして人と付き合っていくのか?という部分のほうがよほど重要だ。これは、家庭の教育参加がなくては学生本人に身につかないことは自明の理だ。


今日の一言:モンスターペアレントは学生の自殺を減らすかもしれないが、教師の自殺を増やす。

 私は、生まれたときから教育産業の近くにいた。そこで、見たものは人間の業・欲望の深さとか教育という業界の見た目と現実のギャップ。当年20歳を超えておりますが、私の体験談そして持論あるいは世間の出来事を書いていきたいと思っておるところでございます。




①まずは、世代間での教育環境の移り変わりについて



新人類                 1958年-1967年

バブル世代              1966年-1969年


団塊ジュニア(いちご世代)     1971年-1974年

氷河期世代(失われた世代)    1971年-1981年

ポスト団塊ジュニア         1975年-1981年


ゆとり世代               1987年-

新人類ジュニア            1986年-1996年      



ウィキペディアより抜粋



全七回。週一回(木)の投稿、6/5~7/17までの予定で更新していきたいと思っております。




②気ままな教育ニュース




③仕事日誌



以上のコンテンツで、お送りして行きます。