今ここに生きる理由がきっとある -47ページ目

今ここに生きる理由がきっとある

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3月23日 朝稽古に出席。柴原さんが主人のお供で26日に帰国(江戸に戻る)ことになり、お別れを言いに来た。稽古の帰り道、忠内さん宅へ。池田様の御内(?)の山村様宅へ行き、先日お目にかかった鍔、小つかを取りに行く。
3/24 22:19

近鐘さんがいらっしゃったので、夕食をお出しする。夜中に寅三郎さんがいらっしゃる。父上は夕方から当番。江戸表(江戸の方)へ手紙を出す。
3/24 22:20

※江戸表=地方から江戸をさすときに使う。江戸の方、江戸方面。
3/24 22:20

3月24日 雨。父上早朝お帰りに。今日上様御参内。父上はお供なので五ツ時お出かけになる。私たちはお供無し。児玉さんのチームがお供。先日鞍馬へ行った時の代金、三郎とふたりで2分1朱。しらす干しとうるめ鰯の干物の代金200文。
3/24 22:21

髪を月代にする。三牧駒さんがいらっしゃる。浅井さん、三郎と一緒に近鐘さん宅へ。夕方忠助、重蔵が迎えにきた。夜九ツ時、上様ご帰還。大雨だったのでお供は難儀したようだ。宿舎の子供は騒がしい。
3/24 22:21

※父上、働きすぎじゃない?夜勤で帰ってきて、上様のお供でまた出かけてるよ(´・ω・`) やっぱり、イバハチ月代あったんだねー・・・
3/24 22:22

3月25日 曇り。朝、浅井さん、筒井さん当番。阿州藩(阿波国、徳島藩)の西條さん、下條さんが来た。四ツ時頃、稽古に出席。誰もいなかった!午後、父上は頭取の所へお出かけに。本屋で『菊池軍記』を借りる。夕方から当番。三郎と一緒に出勤。近鐘さんがふところに入れていた物をお堀に落とす。
3/25 21:59

※イバハチと言えばコレw『稽古に行ったら誰もいなかった・・・』 こんなイメージで笑(斎藤さんですけど)
3/25 22:15

3月26日 明け番で帰宅。稽古に出席後、お風呂に行く。水谷虎之助さんがいらっしゃる。八ツ時頃から島田さん宅へ行き、お酒をご馳走になり夕方帰宅。 塩物(塩付けの食べ物)を調べる。龍の小柄を買う。3両。
3/26 22:33

※塩物を調べるって、漬物でも作ってたのかな? 龍の小柄ってカッコいい~。3両もするのか。 こんな感じ?
3/26 22:38

3月27日 父上、早朝当番。稽古に出席。四ツ時頃阿州藩士が来る。加古へ差し上げる手紙を届け、三橋さん、忠内さん(と)、芳松さん方へ行く。七ツ時帰宅。大野検さん、比留さん、堀池さん、小森さんからの手紙が来る。
3/27 22:06

※句読点がないから、読みにくいっ。 
3/27 22:08

3月28日 父上明け番、朝帰宅。わたし達は稽古に出席。竹垣さんがいらっしゃったので父上と一緒に稽古場に来られた。上様は二条城へお出かけに。父上はお迎えの為八ツ時頃出勤。児玉さんチームがお供。夕方帰城。
3/28 23:31

※イバハチのチームってお供ないのね。
3/28 23:32

3月29日 朝、当番だったので浅井さんと一緒に出勤。今日はお供が揃って九ツ時に上様御参内。父上はお供。柏木さんチームもお供。七ツ時帰宅。 三橋雙さん、梶川さんが来て夕食をご馳走になった。上様のお帰りは夜八ツ時(午前2時)。父上もお帰り。
3/29 22:21

※父上、よく働くなぁ。←イバハチは働いてなさすぎなんだよ~
3/29 22:21

3月30日 朝、阿州藩家来の下條さんがいらっしゃった。昨日お城で頂いたお菓子を中根さんが分けてくれた。稽古に出席、帰り道湊さん宅へ行きお菓子を頂戴した。 
3/30 22:55

天気、快晴(←なぜここで突然?お菓子貰ったから?) 八ツ時頃(←14時!!!)清水さんがいらっしゃったのでお酒を出す。夕方までおしゃべり。杉浦さんから二段重ねのお重のお料理が到来。
3/30 22:56

※昼間っからお酒飲んでおしゃべりなんて羨ましいのぅ( ̄▽ ̄)=3
3/30 22:56

思いつきで相方氏と小田原市入生田にある紹太寺へしだれ桜を見に行ってきました桜


『え!!今から!?』 と若干迷惑ぎみな相方氏でしたが。←誘ったのが15時過ぎてたw


紹太寺は京都の宇治にある黄檗山万福寺で隠元和尚の元で修行をしていた鉄牛和尚が開山。

黄檗宗では関東一の規模の寺院だったんだけど、幕末時(1854年~1860年の間)の火災で焼失。

今は唯一火災から免れた清雲院が紹太寺として残っています。



ここでも普茶料理が頂けるんですよ。


征西日記ではイバハチが宇治の万福寺へ行って、『中国風でスゴイ!』って書き残してますね。

ここは旧東海道沿いにあるので、あの方(どの方だよ笑)も見てるかも!と思うとちょっぴりテンション上がります。


そのテンションも下降するほどの階段・・・

この先にしだれ桜があるのです。


このお寺は江戸時代初期、小田原藩主だった稲葉家の菩提寺でもあり、稲葉正則が両親と祖母春日局を弔ったところです。


正則のパパはあの正勝です。家光の乳兄弟ですね。(←超ざっくりな説明)


完全にハイキングな場所に似つかわしくない格好のわたくしw


主要伽藍跡の説明版がありますが


見事なみかん畑が広がってました!!

みかん畑をさらに先に進むと、稲葉家の皆さんと春日局の墓所が立ち並んでいます(写真なし)


説明板によると、正則の祖母春日局と両親のものは供養塔ですが、正則とその妻のお墓はここと伝えられているそうです。


墓所を後にして、しだれ桜へと向かいます。


しだれ桜までの道のりは火災から免れた樹木が残っています。


しだれ桜は『春を忘れぬ形見に』と正則が植えたもので樹齢は340年くらい。




夕方だったので、5人くらいしか見てる人いなくて良かったんですけど、日が出てる時間帯に行くとまた趣が違っていいかもですね。


こちらの桜、樹齢が340年ということで、弱ってきているらしいんです。


そこで2003年から桜のクローン苗の培養研究を行い6年後の2009年に成功し、紹太寺に植えられました。


正則も自分が植えた桜がこうして大切にされいるのを喜んでいるでしょうね。



☆おまけ☆


総門跡

総門の土台の石だそうです。


この後小田原城へ。

2月23日に受けた第1回 萩・幕末維新検定の合格証書&合格書



合格証は久坂くん。


なんと、この検定。明治維新150年にあたる平成30年まで実施するそうです。 合格証のデザインも変わるとのこと。


今回、受けられなかった方はぜひ~。


宮部鼎蔵ってスラスラ書けるようになるよ笑 (←絶対出ると思ったのに出なかったんだよね)


上級向けの検定も出来るみたいなので来年もまた受けようかな。