11日に築地本願寺であった公開講座・・・
寝坊して行けなかった!!
楽しみにしてたのに(。>0<。)
あ~、バカだ~。
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はい。気を取り直して。
今回の大阪ツアーにこれ持っていったら、かなり役立ちました。
おすすめです
大坂の史跡探訪 大阪龍馬会のHPから購入可能です

調べてくださったブロ友さん、ありがとうございます(。-人-。)
前回の続きから
⑤ぜんざい屋事件の跡 《中央区瓦屋町1-11-1》
ぜんざい屋って甘味屋なのか、それとも何か他に意味があるのか、ずーっと気になってたんですけど、解決

甘味屋でしたー
浪士がカフェでオフ会とか、スイーツ男子の先駆けかよ!と、思ったけど表はカフェだけど裏で危ない事してるお店ってイメージみたいφ(.. ) 古高俊太郎さんのお店みたいな。
ここで、プチ解説。
ぜんざい屋事件とは
新選組隊士で大阪で剣術道場を開いていた谷三兄弟の真ん中、万太郎兄さんが石蔵屋というぜんざい屋で、土佐藩の浪士たち(土佐勤王党のメンバー)が潜伏しているという情報をゲット。
浪士たちは大阪市中に火を付け、その混乱に便乗して大阪城を乗っ取るとか、大阪城を焼き討ちするとか、将軍暗殺を目論むとか、そんなことを計画していたようです。
京都の本店に連絡している時間は無いと判断した万太郎兄さん、三十郎兄さんと道場の生徒さん2人を連れて4人で襲撃しちゃいます。
それが元治元年1月8日のこと。
その日、石蔵屋にいたのは2人。そのうちの1人、大利鼎吉さんを討ち取りました。
わたしはこれを池田屋事件大阪バージョンと呼んでいるw
石蔵屋の前には碑が建っていて、筆跡は土佐藩士田中光顕のもの。
贈正五位大利鼎吉遭難之地
大利鼎吉は土佐藩の勤王志士なり この地に潜伏中慶応元年正月8日新撰組の兇刃に斃れる 年24
田中光顕が新選組を目の敵にしてたのって、この事件があったから?興味がないから知らないのだが。
この後天満橋駅で一旦解散、お昼休憩後また集合して、八軒家付近を回りました。
お昼休憩の時間内に、今回のルートに含まれていない場所にも連れて行っていただきました。
ありがとうございます(。-人-。)
☆八軒家船着場の碑のちょっと先、三橋楼という料亭が江戸~明治時代にありました。
その三橋楼の跡へ続くこの階段が船着場の名残りじゃないかと言われているそうです。
☆三橋楼跡 《中央区石町1-1-11》
慶応4年11月16日、近藤さんの名前で献金依頼を加賀谷徳兵衛さんが三橋楼に出向いて受け取っているそうです。(←ややこしい
)
今はマンション。
明治8年1月8日、桂さん、大久保さんがここで対談中、黒田清隆が乱入。泥酔して大暴れして対談をぶち壊す事件があったとか。
これって、ブチ切れした桂さんが清隆をぐるぐる巻きにして放り出したってあの話の時なのかな。
だとしたら、ちょうど立ってたあたりに清隆が転がってたのかも。と思うと笑えてくるwww
⑥八軒家船着場の跡 《北区天満橋京町2-10》
京都~大阪を結ぶ三十石船の発着場でした。
川沿いを歩くと常夜燈があります
この常夜燈は新しいものですが、もともと立っていたもの(万延元年・1860年建立)が生國神社の北門に移築されています。
古写真にも常夜燈が写っているのが分かります。