初大阪! | 今ここに生きる理由がきっとある

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前回の岡山巡りに続き2回目ビックリマーク


岡山新選組準備会の企画ツアーに誘っていただいたので、参加して来ました合格

わたしが初大阪ということで、いろいろ気を使ってくださったブロ友さん、ありがとうございます(〃∇〃)


今回は新選組の大阪史跡を巡るという事で、こんなメニューになってます。

①本伝寺 ②口縄坂 ③万福寺 ④大宝寺 ⑤ぜんざい屋事件の地 ⑥八軒屋船着場跡 ⑦京屋忠兵衛跡 ⑧内山彦次郎殺害の地 ⑨平野屋五兵衛邸跡 ⑩旧鴻池本宅跡 ⑪適塾 ⑫鍋島海岸 ⑬蜆橋跡


数が多いので、数回に分けてお届けいたします(^O^)/


まずは

①本伝寺 《北区兎我野町14》


ここは谷三兄弟の墓地があります

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幕末の三兄弟と言えば谷三兄弟。(←幕末手帳の付録ページに書いてあった)

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墓石の右側
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意外と写っていなかったあせる 実際はちゃんと見えます。

三十郎兄さん(下段右から2人目)と末っ子周平くん(下段左端:谷昌武と刻まれている)は俗名で刻まれてます。

谷三十郎:1866年(慶応2年)没。享年不明。
谷周平  :1901年(明治34年)没。享年54歳。

真ん中の万太郎兄さんは右側に。
戒名しか書いてなかったので、どれなのか分からず・・・
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調べました。

右端の「自證院本覚日遊居士」と刻まれているのが万太郎さんの戒名。
1889年(明治23年)没。享年55歳。



②口縄坂 《天王寺区夕陽丘町》

ここは司馬遼太郎『燃えよ剣(下巻P.221~222)』の中で鳥羽伏見の戦いに負けて、大阪に戻ってきた土方さんが恋人のお雪さんとこの坂を登ったという場面があります。


下寺町から夕陽丘へ登る坂の両側は寺の塀が続く。

駕籠かきが『くちなわ坂と呼んでいて、坂の上へ登りつめるとその意味が分かります』と言った。
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【説明板より】
くちなわとは朽ち縄(古くなった縄)で蛇の古称のことをいい、
坂の下から眺めると石段が蛇腹に見えることから命名されたという。

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見上げるより見下ろした方が蛇感があるような気がします。

特別出演:土方歳三さん・お雪さん
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③万福寺 《天王寺下寺町1-3-82》
文久3年~慶応3年 新選組の屯所

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本堂の裏に納屋を造って牢屋として使っていたようです。この納屋は現存しているとのことですが、何処にあるか分かりませんでした。

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④大宝寺 《天王寺区生玉寺町7-17》

ここも屯所
もっちー公の警護の為に新選組が屯所として使用しました。{1CDB7A90-DB1F-42D6-A142-6801621A425A:01}



つづく