長州旅行☆萩いろいろ⑤泉福寺・平安古鍵曲・涙松 | 今ここに生きる理由がきっとある

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吉田家の菩提寺である泉福寺へ 


松陰先生の御位牌があります。


駐車場の場所はすぐ分かったのですが、肝心のお寺が見つけにくい!! 

どうやってお参りするの分からなかったので、母屋の玄関から声をかけたら案内して貰えました。


前情報では吉田家の家系図を見せてもらえると聞いてたんだけど、リニューアル中で置いてありませんでした。 今行けばありますよ音譜


泉福寺はもともと広島にあり、関ヶ原で藩が萩に移るのと一緒に来たそうです。


位牌は新しく作り変えたものですが、位牌が入っている箱は当時のもの

ゆっくり拝んでいってくださいね。と声をかけていただき、長い時間拝ませていただきました。


そして、お寺の方がとっても興味深いお話をしてくれて、新たな発見がありました。


松陰先生の妹さんの息子さんとわたしは繋がっていたんです!! どう繋がってるのを書くと身元が割れてしまうので書きませんが。 


帰り際には『これ、美味しいから持っていって』とお土産に大きい夏みかんまで頂いてしまいました(-∀-)


お寺の写真は無しですあせるあせる


写真NGではないんですけど、位牌の事で頭がいっぱいだった相方氏が写真撮るの忘れていたのです。

わたしは完全に撮影する気が無かったので・・・。

この旅行でわたしが写真撮ったの萩駅の勝さんコーナーの写真1枚だけ笑



とりあえず、萩巡りはこれで終わりだったんですけど、まだ時間があったので義一の家とかんきつ公園をザックリ見てきて、平安古の鍵曲を歩いてきました。


鍵曲とは道を迷路のように曲げて、左右を高い土壁で囲んだ城下町独特の道です。





堀内という地区にも鍵曲があって、そちらの方は八重の桜で覚馬さんが歩いていました。 



帰りもちょいちょい萩往還を歩きながら、空港へ向かいます。


萩往還



涙松の石碑


ここは城下を見納めする場所でした。 ここから見える萩を見返り、別れの涙を流すということで『涙松』と言われていたそうです。


松陰先生が江戸へ送られるとき句を詠んだことで有名になりました。

『帰らじと思い定めし旅なれば ひとしほぬるる涙松かな』


ちらっと見えます。


帰って来るときはここから萩を見て帰って来たークラッカーって喜ぶ場所でもありますよね~


萩往還を歩いてる人を見かけました。

休憩所も整備されてるし、佐々並~萩までなら歩けそうな気が。


帰りも寄ってしまう道の駅萩往還

見蘭牛のコロッケうま~ラブラブ 


GWなのに搭乗率10%くらいだったんじゃないのはてなマークってくらいガラガラだったANAに乗って帰ります。

CAがドリンクのオーダー聞きにきたよ(爆) カフェかよ!! 



これで長州旅行レポは終わりです。長い間、お付き合いありがとうございました。