長州旅行☆錦の御旗製作所跡・枕流亭・露山亭☆ヤジの後をついていく | 今ここに生きる理由がきっとある

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一の坂川の周りは小京都らしく、雰囲気がいいのですが・・・


そんな雰囲気とは全く違うこちら。



錦の御旗製作所跡

松下村塾年少組 品川弥二郎。ヤジがここで錦の御旗を作ってました。


このあたりに養蚕所があり、その一室で作られました。


ヤジは九段下公園に銅像があるのでご存知の方も多いはず。

でも、なぜあそこにあるんでしょうかはてなマーク



明治24年の過剰な選挙干渉で死者を出して迷惑かけたり。(←ヤジは迷惑かけたとは思ってないだろう)


ドイツ留学後にドイツの信用組合を参考に今でいう農協(JA)、生協、信用金庫の基礎をつくった人でもあったり。


維新で亡くなった志士たちのために、京都に尊攘堂を建てたり。


維新後も藩で使っていた建物が残ってたり、跡地に碑が建ってたりするのはこの人が残そうとしてくれたからだと思う。 だいたい碑の裏をみるとヤジがいるので。


ヤジ、ありがとう。


ヤジ&市ィ かわいい・・・ 萩往還の道の駅にいるよ音譜





瑠璃光寺の五重塔がある香山公園内にある


枕流亭

慶応3年9月 薩摩から小松帯刀・西郷隆盛・大久保利通・大山巌が山口に来ました。

桂さん・広沢さん・俊輔・ヤジが出迎え、ここ枕流亭で内緒のミーティングが開かれました。


この建物はもともと、安部家の離れで市内の道場門前にありました。(道場門前には碑があります)

何度か移設されたあと、昭和35年ここに落ち着きました。


建物の中に入れるので妄想可能です。 


枕流亭の隣にあるのは


露山堂




政事堂の近くに建てたお茶室。 ここでは身分の上下関係なく内緒のミーティングが行われました。

萩城にも同じようにお茶室がありましたよ。


この建物はヤジが資金を集め買収し、明治24年にここに移設されました。


お茶室の周りの庭園はその時造られたもの。