聖地巡礼☆会津☆② | 今ここに生きる理由がきっとある

今ここに生きる理由がきっとある

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2日目のスケジュール車


如来堂
阿弥陀寺(藤田家のお墓)
清水屋旅館跡
会津新選組記念館
鶴ヶ城

天寧寺(近藤さんのお墓)

東山温泉



朝イチで如来堂へ
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ここは斎藤さん(この時の名前は山口次郎)たち新選組13名が布陣していたところで、9月5日に西軍の攻撃を受けて全滅したといわれた激戦地。

実際は、西軍は高久を攻撃することがメインだったので、如来堂での戦闘はオマケみたいなものだったようです。全滅ではなく13名のうち7名が助かっています。
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次は斎藤さんつながりで、阿弥陀時へ


ここには斎藤さん(維新後は藤田五郎と名乗っていたのでお墓は藤田家となっている)のお墓と戊辰戦争で戦死した方々の慰霊碑があります。


会津戦争が終結し、会津藩士として高田に謹慎することになった斎藤さん(この時の名前は一瀬伝八)がここで、高田まで無事に着くようにとお参りしてます。


それから、鶴ヶ城にあった御三階と言われている建物。
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戊辰戦争ですっかり消失してしまった阿弥陀寺に、鶴ヶ城にあったこの建物を移築して、本堂として利用していたんです。

見た目3階建てですが、実は4階建て。



その後、清水屋旅館跡へ


今は碑が建ってるだけなので、妄想力合格を働かせて・・・


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土方さんが旧幕臣の望月光蔵氏と枕投げを楽しんだ(←コラパンチ!)っていうのが、有名ですが。


その前に、忘れちゃいけない方が来てるんですよ。


仙台で新選組に加入し頭取になり、蝦夷へ渡ってからは陸軍奉行添役になり、二股口で土方さんと一緒にお酒を配り、5月11日に土方さんの『我この柵ありて・・・』をそばで聞いていたり、弁天台場にお酒が届いたのは彼が敵将にオネダリしたからだったり、なんだか最後に美味しいところを全部持っていった感のある 唐津藩士 大野右仲さんラブラブ このときは松川精一という変名でしたが。


この時、仲良くなったんですね(-∀-)  
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テンションが最高に上がったところで会津新選組記念館へ
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1階がお店で2階が資料館になってます。


ここには芹沢鴨さんが八月十八日の政変で着ていた陣羽織がahaha*


なにここ。すげーお宝持ってんじゃん。 佐野七五三助さんの屏風もあったり、面白かったです。


ここで初めて知ったんですけど、佐野さんの甥が第24代内閣総理大臣!!


あ。店舗のBGMが薄桜鬼だった・・・あせる



阿弥陀時や会津新選組記念館は七日町通りにあるので、徒歩での散策がおススメです。



~如来堂へのアクセス~


会津若松駅からの場合


49号線に出たら左折し新潟方面へ。そのまま道なりに進んで高瀬交差点を越えて一つ目の信号を右折。

あとは案内板にしたがって進んでいけばOKですが、『え?ここ進むの??』って焦るくらい細い道を通ります。

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うちのカーナビには如来堂がなかった汗ので、持っていた地図と合わせて、このへんかなーっていうところで登録。ちゃんとたどり着けました。




つづく・・・