暁降ち(あかときくたち)/夜がその盛りを過ぎてしだいに明るくなること。

 

 

 

 

合わせ鏡の片方が割れた。
自分の半神うつしが突然欠ける。途方もない喪失感。
ざくりと、背中の肉を削ぎ落とされたような激しい痛み。どくどくと、血の流れ出る音。
わたしは呼吸の仕方を忘れる。剣を摑もうとする手がくうを切る。躰が透けるような感覚。
いっそ消えてしまえたら──。

 

割れた鏡を張り合わせれば、黄泉の世界への扉が開き、
手を伸ばせば、お前のもとへ連れていってくれるのか。
欠けた数だけ伸びる道を、途轍もなく長い道を、右往左往しながらわたしは進む。
助けはない。匂いもない。髪の毛一本落ちていない。お前に水を与えたいのに。あの時、割れてしまったグラスの水を。

せめて最後に、一滴でもいい。水を飲ませてやりたかった……。

 

彼しかいないと気づいた瞬間ときには、人生は短過ぎて。
もっとお前を見つめたかった。もっとお前の名前を呼びたかった。もっとお前に触れたかった。
もっと、お前の腕のなかで、ほとばしる生を感じたかった──。

 

そう思った刹那、光彩に引き摺り込まれ、
『俺もだ、オスカル。もっと、お前のなかで溺れたかった──オスカル』
彼の匂いがを伝う。温もりが血を溶かす。わたしのなかへ入ってくる。全身全霊を打ち込んでくる。──魂を注ぎ込んでくる。

 

ああ……、わたしは大丈夫だ。
まだ──大丈夫だ。

 

眠れない夜から覚醒し、わたしは両脚で立ち上がった。
ドアが開く。朝陽が道標どうひょうを指し示す。
「隊長」
その、たった一言が有り難かった。
「よし、行こう」

 

──行こう、アンドレ。

 

 

 

 

翌日、残された方の鏡が割れた。
鏡は綺麗に二つに割れ、彼女の行くべき道を示す。
どんなに大事に守っていても割れるものは割れ、割れる時は割れる。それがその物質の宿命さだめならば。

 

「アンドレが……、待って、いるのだ……よ……」
紛れもなく今、目の前で。わたしに手を差し伸べている。

匂いも温もりも、寸分たがわぬ、お前が其処に立っている。
生まれ変わりでも来世でもない──間違いなく今のお前が。

 

──さあ、行こう、オスカル。
苦しみも悲しみもない痛みもない、瑞々しく枝葉を揺らす樹々や花々、果てなく蒼い空と海が広がる誰にも邪魔されない──俺たちだけの世界へ──

 

──愛している、アンドレ。
だからもう離さないでくれ……二度と、わたしを。

 

二人は消え、後に残されたのは慟哭と錯乱。すがることさえ許されぬ混乱と錯綜。
永遠に。
二人は消え──

 

 

 

 

 

 

その頃、アンドレは↓

 

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