季節外れもいいとこの、めちゃアツカップルの日常7編飛び出すハート

お付き合いくださいませカップケーキ

 

 

 

 

 

ショートヘアの恋人①

 

※この暑いのに揉めるなよ~。

 

 

今年の夏、パリは、例年にない厳しい暑さだった。
50年に一度の猛暑。想定外の酷暑。気象予報士の「今年は冷夏になるでしょう」は、大外れで苦情殺到。
セーヌもだる。エッフェル塔に手を付けただけで火傷する。
パリジャンも、パリジェンヌも、裸擦れ擦れの格好で街を歩く(誇張です)。

 

そんななか、クラウスは、アパルトマンのキッチンで、よりによってスープカレーを作っていた。大汗をかきながら。天の邪鬼か?(今に始まったことではない)
ぐつぐつと黄色い液体が煮え滾る寸胴鍋に、ごろごろと丸のままの野菜が浮かぶ。さながら、魔女の毒薬製造シーンそのものである。

 

「ただいまぁ」
玄関から、僅かに気怠いソプラノ。ユリウスだ。
「おう、お帰り。美容院、混んでたか?」
どうやら、美容院帰りのようだった。
「ううん、全然。みんな暑くて外に出ないんじゃない?」
いつになく、ennuiアンニュイな受け答えである。
「お前、大丈夫か? 声がしんどそうだぞ」
クラウスは、やっと鍋から目を離し、振り返った。
そして、仰天した。

 

「ゆ……ユリウス!?」
そこに立っていたのは、(懐かしい)ショートヘアのクリームヒルトだった。
改めて説明も不要だろうが、掻い摘まんで言えば、かつて聖ゼバスチアンの音楽劇でヒロインに抜擢され、激昂して髪を切り、無残なショートヘアになった。それ以来の短さである。
「おま……、かかか……か、髪……」
クラウスはショックを隠し切れない。彼は長い髪が好きなのだ(意外と保守的)。

 

「……なんか文句ある?」
何故か喧嘩腰のユリウス。
「なんで!? なんで切っちまったんだよぉー!?」
奈落の底から叫ぶクラウス。
「だって暑いんだもんっっ!!」
そりゃそうだ。これ以上、明確な理由があるだろうか。
「ドライヤーかけるの大変なんだから。せっかくお風呂に入ったのに、また汗だくになっちゃうし」

 

「だから、俺がやってやるって、いつも言っているだろうが」
例え誰がかけたとて、暑いものは暑い。
「貴族のお嬢様じゃあるまいし、そんなことしてほしくない」
「いいんだよ。俺は、好きでやっているんだから」
過保護カホゴ過保護カホゴ……。
「ああぁ、どうして切る前に一言相談……」
「もう遅いの! 切っちゃったものは戻らないんだから諦めてっ」

 

もぉう、文句ばっかり言ってぇ。
本当は褒めてほしかったのに……。
「短いのも似合うな」って。
ユリウスは、冷蔵庫を力任せに開けて、ノンアルコール・シードルの瓶を取り出す。椅子に座ってから、グラスを忘れたことに気がついた。
立ち上がろうとすると、グラスが出てきた。
「あ。」という間に、クラウスが瓶を開けて注いでいく。しゅわわわゎ……と涼しげな音。

 

「ほらよ」
目の前に差し出される透明な琥珀色。炭酸が弾けて、甘い林檎の匂いがふわっと漂う。
「ありがと……」
彼女はグラスに口をつけた。
冷えた液体が喉を潤す。少し生き返った。
向かいの席に彼が座り、耳もとに手を伸ばしてくる。くるんとカールした髪を指でいじり始めた。
されるがままにさせておく。

 

「よく見ると、似合ってるな」
「よく見なくても似合ってるよ」
「こいつめ」
クラウスがにやりと笑った。ユリウスは頬を膨らませる。
「その長さで膨れっ面だと、丸顔が目立つぞ」
「え?」
慌てて、両手で頬を押さえた。

 

数分後。
彼は、彼女の隣に座っていた。
初めは、さえずるようなキス。
次は、歌うようなキス。
次の次は……、震えるような……口づけ。

 

「俺とくっつくのも嫌か?」
「……クラウスとならいい」
「暑いぞ?」
「それでも……いい……」

 

あのぉ……、カレーの火は消しましたか?

 

 

 

 

 

ショートヘアの恋人②

 

※勝手にやって。

 

 

或る日突然、恋人がショートヘアになった。

似合っていない、と言えば嘘になる。
恋人は、風呂から出るたびに、「あぁ、乾かすのが楽ぅ」と感嘆の息を漏らしている。
まあ……、機嫌良く過ごしているので良しとしよう。
首は丸出し。エアコンの風がそよそよと、うなじ付近の髪を揺らす。それと同時に、空気中を浮遊する湯上がりの甘い香り。
匂いに誘われた蚊のように、吸いつきたくなる。そして、躊躇せず、俺は直ぐに実行に移す。

 

「きゃぁっ!」
という可愛い声が堪らなくて。
わざとやっている、と言っても過言ではない。

もう少し自制心を育てろ?
いやいやいや。これでも、外では極力控えているつもりだ(あくまでも”つもり”だが)。
当然だって?
いやいやいや。18世紀のパリでは、そこいらじゅうの繁みで致していたというではないか。
時代が違いすぎるって?
いやいやいや。声を大にして言おう。いつの時代も、男と女のしていることに大差はない!!

 

「もうっ、クラウス!」
「お前が悪い」
「なんで? あっ、やめてよ……また汗かいちゃう……」
「エアコンかけてる」
「強過ぎると、足だけ冷えるんだよね」
「この半乾きの濡れ髪が、堪らないんだよなぁ」
「ねえ……、聞いてる?」
「聞いてるよ」

 

後ろから抱き竦め、うなじにキスを落としながら、
彼女の躰を膝にのせ、宙に浮いた足先を右手で温めながら、
バスローブの透き間に、左手を差し入れる。まだ少し湿っている肌に。
何事もなかったかのように。

 

「……手、あったかい」
「そうか?」
「うん。あったかい……」
「暑くて嫌か?」
「……やじゃない」

 

そうして。
何事もなかったかのように、
俺は、彼女の、
バスローブを肌蹴ていく……。

 

 

 

 

 

ショートヘアの恋人③

 

 

今日は少し涼しかったので、久し振りに二人で外出した。
寒がりの癖に、暑さにまで弱い恋人を持つと色々と大変だ。まぁ、一番しんどいのは本人だから文句は言うまい。
日焼けしていない首筋と、ダンスをするショートヘア。

 

「こら、調子にのると息切れするぞ」
涼しいと言ったって、やっと30度を切ったところなのである。
「平気。だって風が気持ちいいもん。ほら」
ユリウスは青空に向かって深呼吸する。それから、くるりと振り返り、俺の腕に手を回した。
ひんやり。しっとり。もちもち。思わず、家に連れ帰りたくなる。

 

「あ、ソフトクリーム屋さん」
「食べるか?」
「じゃあ、チョコレートミックスがいい」
「Ja」
それから、川沿いのベンチに移動する。セーヌもほっとしているような爽やかな流れだった。
「美味しい、甘ぁい」

幸せそうに頬張る顔を見ていると、こっちまで嬉しくなってくる。つつがない日常とは、こういうことを言うのだろうか(熟年夫婦か)。
しかし、それは長くは続かなかった。
「あっ!」
という短い叫びとともに、ソフトクリームがワンピースに落下した。
それも、運の悪いことに、バニラではなく、チョコレート部分がベッタリと。

 

ユリウスの顔がゆがむ前に、彼女の太腿に顔を埋めた。誤解しないでほしい。ソフトクリームを食べるためだ。
「く、クラウス?」
声を無視して、ほぼ一口で嘗め尽くす。だが時既に遅し、白いワンピースは、茶色の染みができていた。
「直ぐに洗った方がいいな」
「う……うん」
家に帰ると、ユリウスはバスルームに飛び込んだ。直後、水を流す音が聞こえてくる。

 

「落ちたか?」
ドアを開けた瞬間、下着姿のユリウスが目に飛び込んできた。洗ったワンピースをハンガーにかけているところだった。驚いた。
普通、着替える方が先じゃあないか?
いや、一刻を争うことだから、彼女は洗濯を優先したのだろう。
ユリウスは目を見開いて、声も上げずに、固まったままだ。
俺は急いでクローゼットからシャツを取ってくる。
彼女は、引ったくるように受け取って、ドアを閉めた。
「まずかったかな……」

 

おかしい。いつもなら躊躇なく、近寄っていけたはずなのに。抱き締めて、抵抗をキスで塞いで、背中のホックを片手で外して。
背中の白と、すらりと伸びた両脚が残像のように白いドアに映っていた。
暫くして、シャツを身につけたユリウスがバスルームから現れた。顔が赤い。
「染み、大丈夫だったか?」
もう一度、同じ質問を繰り返す。
「大丈夫。綺麗に落ちたよ」
「そりゃ良かった。大事なやつだもんな」
「うん……。あ、これ、ありがと」
以前は、よく着ていたシャツだった。部屋着が増えていく(俺が買い与える)うちに、いつの間にか着なくなってしまったが。

 

「やっぱり、着心地いいな」
「部屋着の方が、もっと肌触りがいいだろう」
「そういうんじゃないの」
シャツの裾を気にしながら、ユリウスはソファに腰を下ろし、
「あー落ち着く」
なんて、袖に顔をなすりつけている。変なやつ。
俺はキッチンに行って、コーヒーメーカーをセットした。

 

「クラウスの……匂いがする」
と少し掠れた声。金の髪が視線の端で揺れている。
ところが、コーヒーとカフェオレを入れたカップを持って戻った時には、恋人は夢のなかだった。
ソファの背凭れに頭をのせて。
無防備に、首筋を俺に晒して。

 

ボートから落ちた日を思い出した。あの日と同じ格好で、同じ姿勢で眠っている。
無邪気で無垢な天使──。
今でも、それは変わっていない。
テーブルにカップを置いて、そっと彼女の隣に座る。予感通り、金色の頭が俺の方へ傾いた。
ショートヘアのクリームヒルト。

 

今も変わらない。
俺の、恋人……。

 

 

 

 

 

ショートヘアの恋人④

 

※夏休み中だということを失念していました。夏季特別講義ということでご容赦ください。
 

 

昨日夜更かしをしたので、二人して8時起床。危うく授業に遅れるところだった。
それでも、ユリウスは朝食を作り始めた。
「ちゃんと食べなきゃ駄目」
と口にしながら、トーストの皿を並べている。コーヒーメーカーが断末魔の悲鳴を上げていた。
「コーヒーだけでいいんじゃねえか?」
と言ったら睨まれた。朝っぱらから可愛いったらない。寝ぐせかどうか見分けがつかない毛先が、襟足に纏わりついている。ショートヘアとは便利なもんだ。

 

気温は25度。この前より低いはずなのに、日差しだけは真夏だった。きっとこれから上がるのだろう。
「帰りに、またソフトクリームを食べようか?」
などと誘ってみる。また睨まれた。非常にからかい甲斐がある。今日の彼女は、白いレースの襟が付いたパフスリーブのブラウスと、夏にしては張りのある紺のフレアスカートだ。なんだか、ピアノの発表会にでも出るような格好である。そんなお嬢様然とした服装なのに、不思議とショートヘアでも違和感がなかった。

 

音楽院は、常にエアコンが効いていて過ごしやすい。場所によっては、冷え過ぎのところもある。もしかしたら、ユリウスの服装は冷房対策かもしれない。
「今日は、何コマ?」と尋ねる彼女に、
「お前と一緒。3コマだ」と答える。
彼女の授業はすべて把握済み。まるで、マネージャのようだ。そこまで複雑なカリキュラムではないので、一度覚えたら忘れることはない。ショートヘアを弾ませて、ユリウスは、ピアノ科のある教室へ消えていった。

 

お昼に、正面玄関で待ち合わせ。ランチを食べに学内のカフェに行く。
「その頭、みんな驚いただろう?」
と訊いてみた。
「まぁね。でも、みんな、似合っているねって言ってくれたよ」
と彼女は答える。
「誰かさんとは大違い」とも。
少し腹が立ったが、黙っていた。似合っているのは世界一、知っている。ただ、それ以上に、長い髪が好きなだけだ。

 

ユリウスはダイエットをしているようだ。いや、必要ないだろ!
どうやら、俺が、
「丸顔が目立つ」
と言ったことを気にしているらしい。
「その長さだと顔が丸く見える、という意味だ」
と言い直しても信じない。そんなことで動揺するくらいなら、ショートヘアになんかしなければいい。

買い物に行った店で、彼女はシュークリームをじっと見つめた後、こちらに向き直り、ほっぺたを両手でつまんで横に伸ばす。客は俺たちだけじゃないからヤメロ。

 

 

 

 

 

ショートヘアの恋人⑤

 

※勝手にやって(その2)

 

 

突然、キスマーク禁止令を出された。
理不尽にもほどがある。すべての元凶は、ショートヘアだ。
腹立ち紛れに、有無を言わせず、彼女の躰をソファへ沈める。
薄衣へ指を滑らせ、太腿を剥き出しにして。
両膝を立たせる。
……乱暴なのは分かっていた。
爪先の震えを抑えるように、内腿に手を添える。

 

「あ……ぁ、……やめ……っ!」
──なんて些末な感嘆符だろう。
「見えない場所ならいいんだよな?」
「ど、何処につけるつもり……?」
──なんて無意味な疑問符だろう。
「ノーコメント、だ」

 

 

 

 

 

ショートヘアの恋人⑥

 

※殆ど蛇足。  

 

 

「お風呂、出たよぉ」
ソファに座っている恋人に、ユリウスは声をかけた。
「呼ぶの早くなったでしょ? ほら、時間短縮」
ふわふわ揺れるショートヘアは、完璧に乾いている。けれども、クラウスは不満げな顔だった。
「ちぇ、一緒に入ろうと思ったのに」
「昨日、入ったじゃない」

 

じわ。
顔が赤い度、10%。

 

「そういう問題じゃないだろ」
「じゃあ……、早く入ってきてよ」

 

じわじわ。
顔が赤い度、20%。

 

「は?」
「待ってるから」

 

じわじわじわ……。
顔が赤い度、50%。

 

「何を?」
「早くしないと、寝ちゃうからねっ」
そう言い捨てて、ショートヘアを翻し、ユリウスはベッドルームへ消えていった。
──何故こんなときだけ鈍いのか。

 

この果報者。
とっとと烏の行水してこい。
可愛い恋人が、おとぎの国の眠り姫になる前に。

 

クローバー クローバー クローバー

 

「よく起きてたな」
「……凄い?」
顔が赤い度、98%。
「うん、上出来……」

 

 

 

 

 

ショートヘアの恋人⑦

 

※蛇足の蛇足。

 

 

灼熱地獄は、正常な(オスの)判断能力さえも蝕む──という話。


「ただいま」
「おかえりなさい。暑かったでしょう」
「いやぁもう、暑いってレベルじゃねえな」
彼は冷蔵庫に一直線。扉を開けると、迷わず缶ビールを取り出した。
「あっ、駄目っ!」
そのビールを彼女が取り上げる。
「おい! なんでだよ?」
「いきなりアルコールは駄目。躰に毒でしょ」
「躰に毒ぅ?」
「そうだよ。熱中症の原因になるんだって。まず、お水が先」
水を出すために冷蔵庫に頭を突っ込んだ恋人を、彼は背後から抱き締めた。

 

「な、何……?」
彼女は慌てて振り返る。
「離してよ」
「俺にとって最適な熱中症対策は……」
鳶色の瞳が、男に変わる。
「水よりも、お前だ。ユリウス」
「は? 何言ってるの? そんなの聞いたことな……わっ!」
軽い躰を抱き上げて、そのままベッドへ雪崩れ込んだ。
「クラウスっ! だめ……、お水飲まなきゃ……」

 

「水、水ってしつこいぞ。金魚じゃあるまいし、俺はそんなやわじゃない。それに水なら今から飲める。たっぷりとな」
「何それ? どういう……んっ……」
塞ぎ、こじ開け、忍び入り、ほんの少し舌裏をなぞるだけで、彼女の温度がにわかに上昇するのが分かる。
「ん……、ふ……」
じわりと汗ばむ襟足に、ひたりと纏わりつく金の糸。それだけで、欲しくなる。
ショートヘアも悪くない。初めてそう思った。
「クラウス……、……やっ」

 

彼女の躰が十分に温まった頃……、充分に満ち零れる泉。
水よりも清白な、どんな高級な酒よりも芳純な液体。
掬っても掬っても、枯れることのない……、
自分以外、一人として辿り着けない……、
その迷宮へ、ゆっくりと顔を埋めた。

 

クローバー クローバー クローバー

 

……最後に軽いキスをして。
最高の水分補給だった、と囁いた。
彼女は枕を引き摺り出すと、恋人の頭に撃ち下ろす。弱々しくて話にならなかったけれど。
「こ……こ、こんなの……、水分補給になんてならないんだから。ばかぁ……っ」
顔が赤い度、200%(とっくに沸騰)。

 

 

 

 

 


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