想いが通じ合ってから初めての、嵐の夜。

 

 

 

 

春の嵐は、ある意味、冬よりたちが悪い。
暴風と雷が最強タッグを組むからだ。おまけに今夜は、ひょうまで伴ってやってきた。

 

ーひゅうぅ~~~! バサンバサンッッ!!
ーピカッ! ゴロゴロゴロゴロ~~!! バラバラバラ~~ッ!!!

 


たけり狂う銀杏の樹を眺めながら、青年は嫌な予感がした。
そして。
草木も眠る(喧しくて眠れるかッ)丑三つ時、案の定、アンドレのベッドにオスカルが飛び込んできた。

 

ーガチャッ! バタン!! ボスンっっ!!!

 

しかも、半袖、短パンだった。(タンクトップよりはまだマシだが)
──勘弁してくれよ……。
「お前、パジャマはどーしたんだよ!?」

思わず、心の叫びが声に出る。

 

「うるさいっ! あんな邪魔くさいもん真冬だけで十分だ! お前がぎゃあぎゃあ言うから仕方なく着てたんだ!!」

ケットの中で、ごそごそ動くオスカルの生肌なまはだが手足に触れ、アンドレは早くも理性との格闘になった。

 

「おいっ、冷たいぞ!」
「しょうがないだろ、暑がりの冷え性なんだから!」
「はあ? いったいどっちなんだよ?」
「知らん! こっちが教えて欲しいくらいだ!」

「何だよそれ」
「えーと……、女の躰は複雑なんだ」
「女の躰ぁ?」
「と、姉さんたちが言っていた」

 

達者な口とは反対に、彼女の躰はがたがたと震えている。
もう何も言うまい……。アンドレは諦めた。

 

「ほら、これ羽織って」

 

そう言って、アンドレは、自分のパジャマの上を脱いでオスカルに着せてやった。上半身裸になった恋人を見て、オスカルは少しだけどきっとしたが、気づかなかった振りをする。そして直ぐに、ぬくぬくぬくまった彼のパジャマに包まれて、ほくほくした気分になった。

 

「でも……、お前が寒いんじゃないか?」
「お前に風邪を引かれるよりはいいよ」
「じゃあ、お前のことは、わたしがあたためてやる」
「は!?」

 

オスカルは、マントのようにパジャマを広げ、アンドレに覆いかぶさってきた。(つまり二人を隔てているものは、薄い布切れ一枚っきり)

ぴと・・・ぎゅうぅ・・・

 

「お……オ、スカ……ル……」
「あったかいか? アンドレ」
オスカルが屈託のない声で訊いてくる。

 

──だからっ、勘弁してくれよ!! この、子供ガキっ!!!

甘い吐息。柔らかな肌触り。くらくらする匂い……。
アンドレ、生き地獄。

 

男の性というものを未だまるで理解していないオスカル。あれほど口を酸っぱくして、くどくどくどくど言い聞かせた筈なのに。

 

「オスカル」
「ん? わたしは大丈夫だ。あったかいぞ」
「……違う」
「何だ?」
「キスしても、いい?」

 

ドキ…っン……♡(いきなり乙女モード)
「う……うん」

 

パサリ……と衣擦れの音。
薄暗がりで、影が動く。その影が重なってひとつになった。

 

 

 

 

嵐は弱まる気配を見せず、不安な風鳴りと圧力を絶え間なく窓にぶつけてくる。そのうねりは今の彼の心情そのものだった。
時折り、音のない春雷が光のみをガラスに映す。ゆったりとした半袖の内側から覗く生白い肌。永遠に手が届きそうにない聖域。

 

彼女の唇は、しっとりと湿っていた。
彼の唇は、いきなり砂漠に投げ出されたように、からからに乾いていた。

 

例えば……、この薄衣の下に手を伸ばしたら、ね退けられてしまうだろうか?
例えば──吸い付くような太腿に指を這わせたら……、また泣かれてしまうだろうか?

 

右手も左手も動かせない。けれども一瞬の気の緩みで、奈落の底まで転げ落ちてしまいそうだった。

 

しかし──彼の葛藤は、60秒足らずで遮断された。
何故ならば、キスの途中で、彼女が夢の世界の住人になってしまったから。
欠伸と言う名の蕩けるような甘い息を置き土産にして……。

 

「オスカル……?」
聴こえるのは穏やかな寝息。
感じるのは、確かにそこにる恋人の温もり。

 

朧げな光が、あどけない寝顔を曝している。
アンドレは、ふぅと安堵の溜息をついた後、彼女に着せたパジャマのボタンをひとつ残らず、きっちり留める。それからケットを掛け直し、彼女に背中を向けて横になった。

 

──あと何回耐えられるかな?

 

これからも嵐はやってくる。春も夏も、秋も冬も。
必然的に、暴風に煽られた小鳥も飛んでくる。無垢な瑠璃のをした小鳥が。
並みいる五人の姉に囲まれて、よくもここまで純粋培養されたものだとアンドレは思う。

 

──あと何回、耐えられるかな。

 

それは、疑問ではなく確信だった。
純粋培養も扱い方を誤れば毒になる。

 

あと何回で、この自制は崩壊するだろうか……。
答えは、彼自身が一番知っていた。

 

嵐が止み、朝の光が射すまで、彼は振り向けなかった。