めぐる~め~ぐる~よ、時代は巡る~バレエ

相変わらず、アノ男のやき餅が止まりません・・・
『うるせー!!』

 

 

 

復活祭の季節が訪れた。
カーニバル騒動も沈静し、クラウスとイザークは練習に余念が無い。
昨年のオペラハウスでの演奏会の評判が予想以上に高く、再び、レーゲンスブルク管弦楽団からオファーが来たのである。

一方、別のオファーがユリウスにも届いた。
今年も花束贈呈を彼女にやって欲しいとの主催者側からの依頼だった。こちらも演奏に引けを取らぬくらい評判だったようだ(それもどうかと思うのだが客は正直である)。

ユリウスは喜んで引き受けた。マリア・バルバラに作ってもらったドレスがまた着られるからだ。
「嬉しい! もう一度着たいって、ずっと思っていたの」

弾んだ声の彼女とは反対に、クラウスの方は面白くなかった。
一年前に比べ、ユリウスは見違えるほど綺麗になった。
つまり、ドレス姿の彼女がどのように周りの目に映るのか、嫌というほど想像がつくからだ。

──クリームヒルトですら、あれ程の変貌ぶりだったというのに。
クラウスは、寝ても覚めても深い溜息が出てくる自分を持て余していた。

そんな男の様子を、周りは半ば呆れ気味で眺めていた。

「おい、そんなに気に病むなよ。何も当日、彼女が取って食われるわけでもあるまいに」
「はあ!? お前、食い殺されてーのか?」
「そうですよ。たった一日、いえ、数時間だけのことじゃないですか」
「何だとお? イザーク、てめーが言うなっ! てめーが!!」
「すすすすみませんっ……!」

ダーヴィトの余裕綽々な態度も、イザークのさとすような言い方も、何もかもが気に入らない。
クラウスはカーニバルのことを蒸し返しそうになったが、ぐっと堪えた。
あの時は、ユリウスには本当に悪いことをした。
でも、恋人の必死の顔と行動が可愛かったな……なんて、にやけそうにもなる。
だから尚更、今回のことが憂鬱になるのだ。

──だいたい、なんで俺のユリウスを公衆の面前に晒さなきゃならないんだよ!!

と終いには身勝手極まりないことまで考え出す始末である。

「お前だって本音は、彼女のドレス姿を見てみたいんだろう? 実際よく似合っていたし、一度きりなんて勿体無いよ。この間のクリームヒルトを凌ぐんじゃないかな」

ダーヴィトの横で、その通りですと言うように(怖いので口に出せない)、イザークが首をぶんぶん縦に振っていた。
 

 

 

 

そして復活祭当日。
ドレスを身に付けたユリウスは、母親に髪を結ってもらうため、裾を踏まないように注意して椅子に座った。

「去年と同じでいいのにぃ」

自分のことに無頓着なのは相変わらずである。ドレスを着るだけで満足で、髪型なんかどうでもいいようだ。
スカートを履くようになっても、根っこのところは昔から変わらない。

背中まである髪は、普段は髪留めもリボンもせずに、洗いっぱなしの放ったらかし状態だった。
母親に再三注意されているにも拘わらず一向に直らない。
その度に、ユリウスは頭の天辺を手で触りながら、母親に向かって訴えるのである。

「だってクラウスがね、ボクの頭をこうやってくしゃくしゃってするのが好きなんだ、って言うんだもん」
それは半分言い訳だった。本当は自分だって、そうされるのが好きなのだ。

「でもね、ユリウス。せっかく髪も伸びたのだし、去年と同じではつまらないでしょう?」
レナーテは、愛しい娘の髪を丁寧に何度も梳いている。

「そういうものなの?」
「そうよ。今日はハーフアップでサイドだけ編み込んで、後ろはそのまま下ろしましょう。それが一番引き立つわ」
「うん、いいよ。母さんに任せる」

それでも、いつもと違うヘアスタイルが鏡の前で少しずつ出来上がっていくのを見ていると、心無しか笑みが零れてくる。
編み込みの入ったサイドの髪を、ユリウスは嬉しそうにそうっと撫でた。

「さ、出来たわ。良い? 終わるまでは触っちゃ駄目よ。彼にも触らないでって言うのよ」
「はぁい。じゃあ、行ってきます」

母親の言うことを右の耳から左の耳へ聞き流し、ユリウスはドアを開ける。

「ゆっくり歩くのよ。走ると躓くから。裾を踏まないように気をつけてね」
「あのね母さん。ボク、Kindergartenkind幼稚園児じゃないんだよ」
 

 

 

 

オペラハウスでの演奏会は、大成功のうちに終演を迎えた。
客席は、スタンディングオベーションの嵐だった。
ロビーへ続くドアが開き、そこから両手いっぱいに花束を抱えた金髪の少女が現れる。ユリウスだ。

クラウスは、誰よりも先に気がついた。
真白地にオレンジの薔薇が揺れるドレス。透けた袖から伸びるほっそりとした白い腕。天から舞い降りてきたかと見紛うほどに輝く金の髪。

息を飲む。
どよめきで波を打つ会場の空気が、彼女の髪を波紋のように靡かせる。
観客はもとより、舞台上の楽団員すべての視線が、その天上の女神に注がれた。

壇上に上がったユリウスは、二人に向かってゆっくりと歩き始める。
彼女の顔は、目もと擦れ擦れまで花束で隠れていた。

クラウスは、何の気なしに彼女の足元に視線を向け、
「おい、ちょっと持っててくれ」
「え?」
ユリウスに見惚れ、ぼーっとなっていたイザークの手にヴァイオリンと弓を押しつける。

その直後──。
ユリウスがドレスの裾を思い切り踏んづけた。
「あっ!!」
ホール全体に短い叫びが響き渡り、観客全員がはっとなる。

その瞬間は何も見えなかった、とのちにイザークが語っている。
気がついた時には、花束を抱えたまま、ユリウスはクラウスの腕の中にいた。

「セーフ……だな」
片膝をついたヴァイオリニストが、ふーっと大きく息を吐く。
「クラウ…ス?」
何故こんな近くに彼の顔があるのか、ユリウスは一瞬、認識できなかった。

「やると思ったよ」
「え……?」
「お前は、同じヘマを二度、繰り返す」 
クラウスが耳打ちする。

「むぅ……(言い返せない)」
ユリウスの頬が膨らんだ。

──おいおい……、今、このホールにいる全員が、お前を見ているんだぞ。
「ほれ、舞台の上だぞ。歩けるか?」
花束を落とさないように、クラウスはゆっくりと彼女を抱き起こした。

「あ……ありがと」
クラウスに背中を押されて、ユリウスはイザークのところまで歩み寄る。

「イザーク、二回目の成功、おめでとう」
「あ、ありがとうユリウス。あの……君もとても綺麗だ」
イザークは、ありきたりの褒め言葉を言うのがやっとだった。

「ありがとう、イザーク。凄く嬉しい」 
ユリウスがにっこりと微笑んだ。

「おい、俺の前でよく言えたな? イザーク」 
ユリウスの背後からクラウスが威嚇する。

「クラウス、舞台の上だよ」
同じ言葉で反撃され、クラウスはむっとする。ユリウスは笑いを嚙み殺し、クラウスに花束を手渡した。

「おめでとう、クラウス。最高に……素敵だった」
公衆の面前で、えこひいき。

「お、おう。ダンケ……」
クラウスは、花束よりもユリウスを抱き締めたくなった。
そんな気も知らず、ユリウスは、ゆっくりと踵を返す。
「おい、ちゃんと裾、持てよ」

「もぉっ、分かってるってば!」
綺麗な顔でむきになるユリウスの表情が可笑しいらしく、後ろの楽団員たちがくすくすと笑っている。

ユリウスは今度こそ転ばぬように、しっかりとドレスを両手で持ち上げ、無事に階段を下り切った。
そして出口に向かって歩き始めた時、突如、横から腕を引っ張られた。
「わっ!」

 

 

 

 

其処には、にっこり笑った友人が立っていた。

「リーナ!」
「見たわよ、ユリウス」
「え、え……?」
「見覚えのある後ろ姿だなぁと思ったのよ。去年の花束贈呈役も、やっぱりあなただったのね?」

「あ……」
一年前、まだリーナと知り合って間もない頃、復活祭の話題が出た時のことをユリウスは思い出す。
花束贈呈の人物とユリウスが似ていると彼女に言われ、その場凌ぎで『自分とは別人だ』と言ってしまったのである。
「ごめん……、隠すつもりじゃなかったんだけど」

「ふふっいいのよ、もうそんなことは。それより素敵ねぇ、そのドレス。ハリー! ほら出ていらっしゃいよ」
リーナは後方に視線を向けた。
「えっ? ハリーも来ているの?」
すると、柱の影から、おずおずとハリーが姿を現す。

「や、やあユリウス。今日は、その……何ていうか、凄く素敵だね……」
また此処にも、女神の魅惑に囚われた男が一人。
「ふふ……、ありがとう。ハリーは、いつも褒めてくれるよね」
ユリウスは嬉しそうに笑った。

「あらそうなの? へえぇ、何だか意外」
「あのねリーナ、僕は誰にでも言っているわけじゃなくて……」
「はいはい。もちろん解っているわよ」

リーナは訳知り顔で、にっこりと微笑んだ。
その時である。
「あーら、ユリウスじゃない」
背後から一際高い声がして、ユリウスは思わず慄く。

「げ! その声は」
リーナが恐る恐る振り返ると、アニカが立っていた。
「ア、アニカ……」

「何よお、そんなにビクつかなくてもいいでしょう? それにしても、相変わらず代わり映えのしないメンバーねぇ」

身に付けている豪華なドレスといい、その胸元から半分以上覗いているたわわな果実といい、他者を凌駕する圧倒的なボリュームに、ユリウス、リーナ、ハリーは三人同時に生唾を飲み込んだ。

「あなた、どうしてここに?」
リーナがアニカに疑いの目を向ける。
「も、もしかして、まだしつこくクラウスを……?」
瞬時に、横にいるユリウスの顔色が変わった。

「まっさかぁ、私は去る者は追わずなの。男はねぇ彼だけじゃないのよ」
ちっちっちっと、アニカは人差し指を左右に振った。

ユリウスとリーナは、互いに顔を見合わせると、ほっと胸を撫で下ろす。
だが、それも束の間、アニカがとんでもないことを言いだした。

「そんなことより、ユリウス。あなたってゼバスに知り合いがたくさんいるらしいじゃない?」
「え?」
知り合いというか、元学友です。
「だからねぇユリウスぅ、誰か素敵な殿方を私に紹介してくれない?」
「ええっ!? わ、悪いけどボクは……」

ユリウスは両手でドレスを摑んで後退した。しかし、アニカは倍の歩幅で迫ってくる。カツンとヒールの音が床に響いた。

「そんなつれないこと言わないでよ。そもそも、どうしてあなたはクラウスと付き合うことになったの? 誰かの紹介? 何なら、その人を紹介してくれても良いわ」

「そ、そんな人いないってば」
「じゃあ、あなたがクラウスと付き合うことになった経緯いきさつは何なのよぉ?」
「それは……あの……」
「何よ言えないの? あなたって意外と秘密主義?」

ユリウスは言葉に詰まる。実は自分がそこの生徒だったから、なんて口が裂けても言えやしない。
──ど、どうしよう……。

「ねえアニカ、あなたには他の学校に何人もボーイフレンドがいるじゃない」
ところが、そこで助け舟を出したのはリーナだった。
「ええ、まぁね」
アニカはリーナの顔を見る。
「程々にしといた方が良いんじゃないの? あなたの崇拝者が泣くわよ」
「そう、かしら」
「それにユリウスだって、こんなに綺麗なんだから、他校に知り合いの一人や二人いてもおかしくないと思うけど?」

「リーナ……」
リーナは、ユリウスに向かって片目を瞑った。

「それはまぁ……」
アニカはユリウスに向き直る。
「悔しいけれど、あなたが綺麗なのは認めるわ。だけど中身はまだまだみたいね? 精神的にも、その辺りも、ね?」
そして残念そう~な眼差しで、ユリウスの胸の周囲を見つめた。持ち上げてから奈落へ落とす。どーん。

「え……?」
ユリウスの顔が固まる。思わず、じぃっと……そこを見る。

「アニカ! ちょっと言い過ぎじゃないか? だいたい何でもかんでも大きければいいってもんじゃないだろっ」
珍しく、ハリーが噛みついた。

「何ですってぇ!? ハリー」
アニカは切れ長の目を吊り上げる。はち切れんばかりのボディを、ハリーに向けて押し付けてきそうな勢いだ。

「ちょっと! 二人とも落ち着いて」
「そうだよ。お願い、こんなところで揉めないで」
リーナとユリウスは、慌てて二人の間に割って入った。
 

 

 

 

クラウスは、レーゲン学院の友人たちに囲まれたユリウスの姿を舞台袖から眺めていた。
楽しそうな様子が遠目からでも窺える。

「ユリウス、すっかりレーゲンに馴染んでいるみたいですね」
すぐ隣りで覗いていたイザークが言った。

「まあ、もうすぐ一年になるからな」
「でも、ちょっと寂しいですよね。何もなければ今頃はまだゼバスに……あ、すいません、つい」
「あほぅ! そしたら、あいつの精神はとっくに崩壊していただろうよ」
「そう……ですよね。これで良かったんですよね」
「当然だ。今のあいつの顔を見ていれば解るだろ」

──あいつの世界が広がっていくことは、喜ぶべきことなんだよな。解り切っている、そんなことは。だけど……。

リーナがアニカの躰を押さえ、ユリウスはハリーの腕を摑んで引っ張っている。その腕が彼女の胸に触れそうだった。
ユリウスがハリーの顔を見上げて、必死に言い聞かせているように見える。それが揺るぎのない事実なのだから。

だがしかし、クラウスの目にはそうは見えない。
ハリーが、ユリウスを口説いているようにしか映らない。
『ユリウス姫、僕と一緒に逃げましょう!』
『ハリー王子、いけません!』
誰が何と言おうと──それ以外考えられない(おいおい)。

「あンの野郎、もう我慢できねえ」
「は?」
とイザークが横を向いた時には、ヴァイオリニストの姿は消えていた。

そして──、
リーナ、ハリー、アニカの傍を一陣の風が吹き抜けた。

「え、クラウス!?」

各々が彼の姿を確認し、
「あれ? ユリウス?」
それぞれに名前を叫んだ。


その時には既に、お姫さまは連れ去られた後でした。

 

 

 

 

いきなり手首を摑まれて、ユリウスは外に連れ出された。
「クラウス? ど、どうしたの?」
クラウスは無言のまま、速足で歩いていく。行き先は訊かなくとも分かるけれど。

「ねぇ、ダンスは踊らないの?」
「今年はパスだ。あんなかったるいもん昔から苦手なんだ」
「でも……、ボク、クラウスと踊りたかったな」

クラウスは足を止め、振り返ってユリウスを見た。
自分の大人げない行動を少しだけ反省する。

「ユリウス……」
「ね、いつものとこに行くんでしょ? そこでだったら踊ってくれる?」
ユリウスは、小首を傾げて彼を見つめる。

「お、おう。もちろん」
「やったぁ」
ユリウスの表情が輝いた。

今度は逆に、ユリウスがクラウスの手を引いて、嬉々として歩いていく。
ドナウの階段に着いたところで、クラウスが彼女を引き止めた。

「こらこら、ここから先は俺が先だ」
「え、どうして?」
「問答無用」
ユリウスは頬を膨らませる。
「二度あることは三度あるって言うだろう? 今日のこと、忘れたとは言わせねえぞ」
舞台の上で、すっ転びそうになったことである。
「……(言い返せない)」

クラウスはユリウスを追い越して、階段を下りていく。ユリウスも大人しく従った。
クラウスは川辺から離れた草地の真ん中で立ち止まった。

「お手をどうぞ、フロイライン」
そして、ユリウスの目の前でひざまずく。

どきり、と心臓が高鳴った。
差し出された大きな手に、小さな手が重ねられる。
音楽は何もない。川のせせらぎと風にそよぐ枝葉の調べだけが伴奏だ。
二人はステップを踏んでいく。自然が奏でる旋律に合わせ、躰と躰が踊りだす。

「ふふ……、楽しい」
ユリウスが幸せそうに微笑んだ。クラウスは、その顔を愛おしげに見つめている。

「ユリウス、今日のお前、最高に綺麗だ。そのドレスも凄く似合っている」
いつもなら照れ臭くて言えないことが、すらすらと口に出る。
「クラウス……」
自分の腕に抱いている女神に惑わされているのだろうか。それは彼にも解らない。

「いや、お前以上に似合うやつはいない。俺が保証する。きっと何年経っても似合うと思う。絶対だ。だから」
「……だから?」


 

 

 

「これ、結婚式でも着てくれ」
「え? 誰、の……?」
「あほっ! 俺とお前に決まってるだろーが!」
「えぇっ!? クラウスったら、気が早ぁい」

ユリウスは大きな目を丸くして、ころころと笑いだす。

「そんなの直ぐだ。あっという間だっ」
「……本気なの?」
「いいか。それまで大事に保管しておけよ」
「うん、分かった」

ユリウスは、にっこりと微笑んだ。

──お前……、これから先、俺以外の男と出会うかもしれないとか思わないのか?
もう一人の自分が問う。

冗談じゃない! と否定した。
不安が襲う。あまりにも彼女が純粋過ぎて……。

あっという間だということは、時が過ぎてから思うのだ。それは彼にも解っていた。
緩やかな坂を上るように、ゆっくりと過ぎていく日々。正直もどかしいと思う。
自分の将来のことですら、まだ靄がかかった状態だというのに。

時間は無限ではない。そして戻らない。
大事にしよう。彼女も。──彼女自身の時間も。

「それまでは我慢しといてやる」
「何を?」
「これを脱がすのを、だ」
クラウスはにやりと笑い、ドレスごとユリウスを抱き締めた。

「なっ、何言ってるの?」
「新婚初夜が楽しみだって言ってるのさ」
耳元で彼が囁く。
なんて嬉しそうな声だろう、とユリウスは思った。

「だから気が早いってば……、離してよっ!」
「い、や、だ。それとも今から予行練習しとくか? ん?」

背中のファスナーに手が伸びる。
「やだっ、やめて! こんなところ誰かに見られたら……」
ユリウスは身を捩って抵抗した。

──誰にも見られなかったら……いいのか?
喉まで出かかった言葉を、クラウスは飲み込んだ。
──いいよ……クラウスなら……。

言わせたい自分と、言わせたくない自分が喧嘩する。
そして……、後者が勝った。──今回は。

「冗談だよ」
「もぉ……」
薄紅色の口もとが小さく尖った。
「お前……、その口、反則」
「え?」

不意に口づけられた。唇の熱で、桃色の花弁が一枚一枚溶かされていく。
満々と水を湛えた碧海が、鳶色の光が差すのを待っている。

純白のドレスに縫い付けられたシフォンの薔薇が、ドナウの風でかぐわしい匂いを振り撒いている。
クラウスの瞼の裏に、目映い金色の髪を覆う透明なヴェールが映った。

出来るなら──これからもずっと互いの手を離さずに。
病める時も健やかなる時も、喜びの時も悲しみの時も、命ある限り。

 

そう誓い合える日が来ることを信じて……。






その日の夜。
ユリウスはベッドで枕を抱えながら、ゆるゆると思案する。
──え? あれって……、もしかしてプロポーズ?


クラウスはソファで煙草を吸おうとして、ふと考える。
──俺、どさくさに紛れて、プロポーズしちまった……のか?

遅っそ。

 

 

 

オーナメントこの日、昼と夜の間に、実は色々起こります。
それはまた次回──
グラサンハート