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子供が生まれる前に、こっちの二人を何とかせんと──と書いているうちにメインの出番が…の回。

 

〖オリキャラメモ〗

 

ヴィヴェカ・トルスタヤ誕生物語~

『ゴールデンライラック(萩尾望都)』のヒロイン「ヴィクトーリア」が「ヴィー」と呼ばれているのが可愛くて、同じように呼べる名前を探す。

② 彼女の取るに足らない言い訳の為に、「V」の2つ入った名前を必死で探す。同時にルドルフの姓も「V」入りを探した(当然「ミハイロフ」は除外)。


※あちらの姓は男性と女性で呼び方が変わり、非常にややこしい(ユリウスもユリウス・ミハイロフではなく、ユリウス・ミハイロヴァに変わる)。


Rudolf(ルドルフ)・Yevsyukov(エフシュコフ)・女性形/Yevsyukova(エフシュコヴァ)
Viveca(ヴィヴェカ)・Tolstaya(トルスタヤ)


※《名前の意味》 検索中にたまたま見つけました。
「アレクセイ」→「守り人」/ユリウス(光り輝くもの)の「守り人」ということですねハート 
「レオニード」→「ライオン」/ガルルル…🦁
「セルゲイ」→「存在するもの」/だから常にレオニードの傍にいるのか(こじつけ)。

 

 

 

 

「結婚しよう」
キッチンの窓に背を向けて、ルドルフ・エフシュコフが言った。

「私に、ヴィヴェカ……エフシュコヴァ、になれとおっしゃるの?」
彼女は唇を引き結び、求婚者を軽く睨む。

「素敵な名前だと思うけど?」
曲がりなりにも彼は医者だ。患者に対して、目に見える症状だけでなく、内面を読み取れる能力は人よりも長けているという自負があった。
「ヴィヴェカ……、返事を聞かせてくれないか?」

従って、彼女の気持ちが今、自分と同じでいることくらいは感じ取っているつもりでいた。つまり、彼女も自分と……、
「お断りします」
「な、何故?」

予感が大きく外れたルドルフは、この上なく狼狽えた。
彼女は彼を睨んだまま押し黙る。決して見つめているのではなく。
ルドルフはため息をついた。

「ヴィー……、いったい何が気に入らないんだ?」
「だって……」
彼女はやっと口を開く。
「Vが三つになるんですもの……」
「は? Vが……って?」

「私、自分の名前で舌を噛むなんて嫌です」
ヴィヴェカは両手を合わせ、祈るようなポーズを取り、
「あぁルドルフ……、どうして貴方はエフシュコフなの?」
何処かの戯曲みたいな台詞を言う。

それを聞いて、漸く彼は、彼女の拘っている理由を悟った。
「あの……、そんなことで?」
「そんなことですって?」
「あのさ、そんなことくらいで舌は噛まないと思うけど」
「私の舌は短いんです」

短い方が噛まないのではないか……?
ああ言えばこう言う、とはこのことだ。
だいたい、何が「Vが三つ」だ。彼女の子供じみた反発には慣れているつもりだったし、そこが可愛いとも思っていたが、なにもこんな時にまで……、と思う。
(平静を装ってはいるが)生まれて初めてのプロポーズに、こっちだって人並み以上に緊張しているというのに。
ルドルフは顔をしかめる。そして、ペリメニ一個分だけ腹が立ち、ペリメニ一個分だけ苛めてみたくなった。

「あぁ、確かに短いね。その上、逃げ足も速い」
瞬間、ヴィヴェカが真っ赤になった。
「な、な……っ」
「君は自分の名前が嫌いなの?」
しれっとした顔で彼が問う。
「いいえ」
「じゃあ、僕の苗字が嫌いなのか?」

恋人が黙り込む。三度目だった。
恋人の姓が気に入らない恋人なんているのだろうか。いや、現に、此処にいるようだ。
遂には、ルドルフまでもが口を噤んだ。
雪解けの泥道を歩いているような暗鬱な時間が過ぎる。

「僕が嫌いなら、はっきりそう言ってくれないか」
彼は重い口を開いた。
「そうすれば、僕も次に進める」

「まあっ! そんな簡単に?」
灰色グレイの瞳が見開いた。
「貴方の気持ちは、その程度だったのね」
「君こそ、つまらない屁理屈で僕を困らせないでくれ」
「屁理屈ですって?」

「──愛しているよ」
漆黒の瞳が訴える。
「君と一緒に幸せになりたい」

「ず、狡いわ……」
「では、これで最後にしよう」
華奢な肩を両手で優しく摑み、彼は彼女と同じ目線まで腰を屈めた。
「これで駄目なら諦める。二度と訊かないと約束する」
それから、揺らぐ虹彩をじっと見つめる。
「ヴィヴェカ、君は?」

「ず……狡いわ、そんなの」
早春の雪崩のように、グレィの瞳が崩壊した。
「私だって、あいして……いるわ……」
「うん」
彼は短く息をつき、穏やかな笑みを湛える。
「知っていたよ。ずっと前から」

「狡いわ……、そうやって、いつも人の心を見透かすみたいに」
「仕方ない、職業病だ」
「だから医者って嫌いよ」
「でも、……僕のことは?」

「大好きよ、ルドルフ」
彼女は彼に抱きついた。
「貴方だけよ……」
反発していた唇へ、唇が押し包み、
彼の舌が彼女の短い舌を捕らえた。
 

 

 

 

「やれやれ……、長かったぜ」
「しぃっ……、アレクセイ、黙って」

キッチンの窓辺に天使の羽のように両脇から張り付いているのは、鋼鉄はがねの男とその妻。
建て付けの悪い窓の隙間から、選りにも選って、こぶし一つ分もない真ん前で繰り広げられているプロポーズという名の小競り合いは、文字通りヒートアップしていき、嫌でも内側にいる者たちの耳に届き──、
同じ姿勢のままで、もう10分は経っていた。

「……にしても、よく寒くねぇな」
陽が射しているとはいえ真冬の露西亜、当然、外は辺り一面銀世界である。
「寒いわけないじゃない」
ユリウスは、ほんのりと頬を染めながら小さく呟く。
「きっと、温温ぬくぬくの熱々だよ」
自分がプロポーズされた日のことを思い出したのかもしれない。

「おい、躰、しんどくないか?」
日に日に丸みを帯びてくる妻のお腹を労わるように夫が見る。
「平気……あっ、いたたた……」
ユリウスは背中を緩く反らせながら腰をさすった。

「馬鹿」
アレクセイは、ダイニングテーブルの椅子を引き寄せる。
「ほら、座れよ」
「ありがとう」
ユリウスはゆっくりと腰を下ろした。
「優しいな、アレクセイは」
「そんなの当たり前だろ」
アレクセイは妻の腰を円を描くように優しく撫でる。

「クラウスは冷たかったけどね」
腰をさする手が止まった。
「嘘だよ」
ユリウスは直ぐに言い、悪戯っぽい笑みを浮かべる。

「お前……、あまり苛めるなよ」
いじけた子供のように俯く夫。
「苛めてないよ。ちょっと過去を振り返っただけ」
その下から覗き込む碧の瞳。
「怒ったの?」
「怒ってねぇよ」

「あのね……、今ならね、解るんだ。あれは貴方なりの優しさだったんだよね」
「ユリウス……」
「ねぇ」
ユリウスは、夫の首に手を回して囁いた。熱っぽい眼差しで。
「キスして、……優しいクラウス」

狭いキッチンの片隅が──、一瞬にして独逸の古い街になった。
ゼバスの廊下を逃げる靴音。追う靴音。
細い腕。華奢な肩。
力強い手。真っ直ぐな目。
窓から差す陽射しのなかで、零れ落ちる涙と一緒に抱き締めた。

そんな魅惑的な懇願を拒む理由が何処にあろうか。
言われるがまま、アレクセイは、綻びかけた愛らしい蕾に唇を重ね合わせる。
それはどちらからともなく、知らず知らず熱く深くなっていき──。
 

 

 

 

「どうしよう……、入るに入れないわ」
「うーん、参ったなぁ」

僅かに開いたキッチンのドア際に張り付いていたのは、医師と看護婦以上の関係の医師と看護婦。
弱々しい陽光は瞬く間に翳り、婚約したての温温ぬくぬく熱々カップルの背中にもじわじわと冷気が襲う。

「仕方がない、こっちへ」
婚約者の手を引いて、ルドルフが向かった場所は──、
「馬小屋?」
ヴィヴェカは目を丸くする。

「大丈夫、マルコーは大人しいんだ」
ルドルフは、そうっと扉を開ける。
「マルコー、ちょっとだけお邪魔するよ」
首を上げた老馬が微かに嘶いた。

「意外と暖かいのね」
「もう少し奥へ行こう」
ルドルフに手招きされ、ヴィヴェカは干し草の上にしゃがみ込む。彼はコートを脱いで彼女の肩に掛けた。
「駄目よ、貴方が寒いじゃない」
「大丈夫、こうすれば」

そう言って、ルドルフはコートの内側に入り込んだ。二人の躰が密着する。
「ルドルフったら……」
最後まで言わないうちに、彼が彼女の唇へ近づいた。
「ま、マルコーが見てるわ」
「見てないよ」

医師は、医師らしからぬいい加減な返事を返し、減らず口に蓋をする。
結婚を勝ち得た男に、今や恐れるものは何もない。馬小屋の中だろうが傍観者(人ではないが)がいようが関係ない。

「ヴイー……、舌を出して」
「な、何故?」
「健康チェック」
「こんなところで?」
「看護婦は医師に逆らわない」
「さ、さっきから横暴だわ。こんな時に……んっ」

その僅かな透き間を縫うように、たがの外れた情慾が滑り込む。
次の瞬間、マルコーが顔を背けたのは偶然である(たぶん)。

ほんの少しだけ雪を溶かした短い日の一ページ。


 

 

 

執事オークネフの徒然日記②

 

「アレクセイ坊ちゃまっっ!!」
──はっ……。
私は直ぐに口を噤んだ。
執事たるもの如何なる時も泰然自若でいなくてはならないのに、私としたことが……。

「珍しいな、お前が大きな声を出すなんて」
「し、失礼いたしました」
「アレクセイ、おかえりなさい」
ユリウスさまが坊ちゃまに駆け寄っていく。関心の矛先が変わり、私は安堵の息をついた。


「こらっ、走るな」
坊ちゃまが優しく抱き止める。
いつ見ても仲睦まじく絵になるお二人。窓辺に射し込む淡い光に金色の髪が煌めいて、思わず見惚れてしまうほどだった。
「気分はどうだ?」
「大丈夫だよ。今もね、オークネフが紅茶を入れてくれていたの」
「はい、坊ちゃまも一緒にいかがですか?」

私は、棚からカップをもう一客取り出して、トレイに載せた。
「うん、マルコーとひとっ走りしてきて、ちょうど喉が渇いていたんだ」
「ええっ、いいなぁ。ぼくも行きたかったなぁ」
背後から、拗ねたような愛らしい声が心地良く耳に届く。

「馬ぁ鹿、その躰で乗れるわけないだろ。……あれ?」
紅茶をカップに注ぎかけた時だった。
「お前、ボタンが外れてるぞ」

ぎくり。

「あ、忘れてた」
横目でちらりと窺うと、坊ちゃまが甲斐甲斐しくブラウスのボタンを留めている。
私は安堵の息をつき、再びカップに紅茶を注ぎ始める。
「忘れてたって何だよ。普通ボタンは上から留めるもんだろうが」

「ううん違うの。これはね……そうだ、アレクセイも見る?」
ゆっ、ユリウスさま……?
「見るって? 何を?」

「あのね、子供が出来ると胸が大きくなるんだよ」
ユリウスさまっ!? いけません!!

「ははっ、お前でも……ちょっと待て」
一瞬笑いかけた坊ちゃまの声が半音低くなる。
「見る? っていうのは胸のことか? ──それと」
坊ちゃまの声が更に半音低くなる。
「お前、今、「アレクセイも」って言ったよな?」

私は後ろを向けないでいた。
それなのに、眉間に皺を寄せている坊ちゃまの顔がありありと目に浮かぶ。
あぁあ……、坊ちゃま、何故今日に限ってそんなに勘が働くのです?
ご懐妊を知らされた時は、あれほど鈍感でいらしたのに……。

「え? そうだっけ?」
「まさか……、俺の前に、誰か他のやつに見せたのか?」
見せていません! 見ていません! 未遂ですッ!!
「アレクセイ坊ちゃまっ、紅茶が入りましたぁっっ!!」

叫んだのが先だったか。振り返ったのが先だったか。
気が付くと、お二人の目の前に、トレイごとカップをぐいと差し出していた。
ぽかんとしてこちらを向く四つの目。
暫しの静寂。
わ、私としたことが、またしても執事らしからぬ失態を……。

「あ、あぁ……」
「ありがと……、オークネフ」

狐につままれたような表情で、お二人がテーブルに着く。
カップから立ち上る湯気と芳しい茶葉の香り。
漸く訪れた安穏とした時間。
私は安堵の息をつく(三度目)。

だが、しかし──案の定、それは長くは続かなかった。
この後、ユリウスが口を滑らせて、アレクセイが盛大に紅茶を吹き出す&椅子から転げ落ちる。
……というほぼ原作通りのパターンです。

(だからもう続かない)