開きかけの蕾をこじ開けて、つるりと舌を差し入れれば、しっとりと蜜で濡れた果肉に触れる。
花葩はなびらはまだかたくなで、絡めとるには距離が足りない。

「頑なだなぁ……」
と正直な感想を述べると、
「悪かったな……」
と、天の邪鬼な物言いは相変わらずだ。

暁の仄暗さのなか、ふっくらと、円やかな柔みは艶めいているというのに……。
指折り数えて待つ。
子供のように。

「いい歳をして駆け引きの手管も知らない」

繰り返される言い訳。
その強情な唇にどうやって蓋をしようか。

「お前には必要ないよ」

光を浴びれば緩むのかもしれない。
だが、それでは遅いのだ。

「可愛げの欠片もない。女として……」
「そんなことはない」

いい歳をして子供みたいな理屈をねる。そう言おうとして、アンドレは黙る。

「何か言ったか?」
「……うん」
「なん…て……」

答えの代わりに唇を塞いだ。

扉の鍵が開く前に……

子供のように無垢な躰。誰も踏み入れることを許さない最果ての雪原のように。
けれど……、

何処に触れると髪が波立ち、何処を撫でれば皮膚が揺らぐか、
この指だけが知っている。この舌だけが探りだす。小径の蔭の襞の香油を。

「答えを……、アンドレ……」
「ん……。愛しているよ」

花葩が、ほろりとほどけた。

欲望が堰を切る。
自分の内に、いったい幾つの生き物を男は飼っているのだろう。
どうやって、それを制御しているのだろう。

繰り返される接吻くちづけ
彼女の背中と、首と、腰へ。

「なんか、カタツムリになった気分……」
「な……、気持ちの悪いことを言うな」
「ごめん」

嘗めとられる理性と知性。
加速する熱い衝動。

「……あ…っ……」
「ごめん、痛かった?」

「なんか……カタツムリに噛まれた気分だ」
「え、カタツムリって噛むの?」

「知るか、馬鹿。お前がカタツムリなんて言うからだ」
「ごめん……」


渇望が産声を上げる。
何度目の交わりで、自分の内に、女は甘い泡立ちを感じるのだろう。

シーツに爪が皺をつくる。
彼の背中と、首と、腰にも。

ねっとりとした被膜が彼を包んだ。

躰中が煮え滾る。
飲み込まれ、飲み込んでいく。
繰り返される刹那……。
恍惚も、快楽も、陶酔も嘗め尽くす。

雪崩が起こる。小さな雪崩が。
小刻みに。
何度も。

「あ。……んっ……、アンド…レ………」

「オスカル、声を……」

「いや……だ……」

最後まで頑なな喘ぎ。
でも……、いずれは崩れる。
いずれは、白い世界へと流される。

「俺のなかにいるときくらい……、本能のままでいて」

せめて青い鎧を脱いでいる間だけは。



扉の鍵が開く前に………
 

 

 

「鍵は開いた?」

「それとも、先に食べられた?」

 

 

 

獲物(ターゲット)2

 

翌日の真夜中───

今夜の夜勤は、アランとフランソワである。だだっ広い庭園を、男が二人歩いている。

「ああぁ、寒いなあぁ。誰かにあっためてほしいなあ~」

「うるせえぞ、フランソワ」

底冷えの夜。無風。葉擦れの音一つしない。

「さすがにこの気温じゃ、藪をつついても猫はいねえか……」

フランソワが耳を欹てる。

「そういえば、今朝、夜勤明けのアンドレから、すっげぇ良い匂いがしたんだよなあ」

「はあ?」

「とろとろの甘い匂いがぷんぷん。あれって、絶対に隊長だよな?」

「へっ! 一晩中、行動を共にすれば匂いだって移るだろうよ」

実はアランも気づいていた。だから、さっきから不機嫌なのである。

「一晩中、行動を、共にねえぇ……」

意味ありげに、フランソワは語尾を伸ばす。

「……何が言いたい?」

顔は正面を向いたまま、アランの声が、どす黒くなる。フランソワは何処吹く風だ。

「べっつに~。あ~あ、腹減ったなあ」

「お前、さっきからごちゃごちゃうるせえぞ! 黙って歩けねえのかよ!」

「だってよぉ、こんなに寒くちゃ喋ってないと凍死しちまう……なあ、なんか良い匂いがしねぇか?」

フランソワが辺りをぐるりと見回した。

「てめえっ、いい加減にしろよ! 妄想も甚だしいんだよっ!!」

アランは、両手でフランソワの喉もとを締め上げる。

「ち、違うって! 食べ物の匂いだよ。ほら、お前も嗅いでみろよ」

アランの手が、僅かに緩んだ。

「……確かに」

「な?」

ぐるぐるぐる~と二人同時に腹が鳴った。人の躰は正直だ。匂いに誘われ、奥へ奥へと進んでいく。
奥へ奥へ、もっと奥へ。

♬森の木陰でドンジャラホイ~♬ ……違う。
森の木陰に、小さな家が建っていた。煙突から煙が上り、窓からは、暖かなオレンジ色の灯りが漏れている。

 



「何だ、こりゃあ? こんな家、前からあったか? まさか違法建築じゃねえだろうな」

そんなことより、煙に混じり漂ってくる美味しそうな匂いときたら。
辛抱堪らん……というように、フランソワがドアへ歩み寄る。

──ごくり。

喉が鳴ったのは男二人か?
それとも、内側に潜んでいるこの家の住人か?

「じゃあさ、職務質問も兼ねてお邪魔しようぜ」

「……お前、魂胆見え見え」

「いいじゃねえか。温かいスープくらいご馳走してもらってもバチは当たらねえよ。お前もさ、躰も心も冷え冷え~だろ?」

「何だとお~!?」

「まあまあまあ……」

アランの肩をぽんぽん叩き、フランソワが真鍮のドアノブに手をかけた。

かちゃり・・・


おいで~、
おいで~。
 

 

 

【作品解説】

 

2020,3月pixiv投稿。

 

『蜜室酔夢』の続きです。

え? 前話と家が違うって? 見る者によって外観(姿)が変わっていくのです。人の心を映し出す家🏡・・・怖いですね~。

 

《獲物2》の挿入歌「森の小人」音符