前回の続きです
母とあの人の 喧嘩の日々は
半年くらい続いたかな…?
祖父は 喧嘩が始まると
自室に籠り 見て見ぬふり…
多分 自分が無理矢理 結婚させた
負い目があったのかな。
私が この家をおさめるしかないの?
1度だけ 流血した喧嘩があった。
母が あの人の顔を引っ掻いた。
血を見た私が 真っ先に思ったこと
『いい気味や❗』
私まで 人間 腐ってしまったのかと
すぐに 反省したけど
正直な気持ちやった。
翌朝
あの人の姿はなかった。
高1の冬のこと
『よしっ、出ていった!!』
それ以来 私はあの人に会ってない。
後で妹に聞いた話では
1度 母とあの人と3人で
旅行に行ったらしい。
何をしてんだか、バカな人たち
いっそ 母も出ていけば良いのに…
軽蔑しか出来ない親に成り下がった…
私には 祖父と妹さえいればいい
離婚したのかどうか
気になるところやった。
学校関係の書類に記入するたび
保護者名に あの人の名前を書き続けたことで
まだ 婚姻中なのを確認できた。
『あ~ 名前見るのも気持ち悪い❗』
いまだに あの人と同じ名前を目にすると
吐き気がするトラウマ
あれから 30年以上経って
妹からの電話で あの人の死を知った。
去年の夏に 1人 療養所で亡くなったらしい。
それを知らせてくれたのは
あの人の義理の弟さん
後始末を 全部 していただいたとのこと
感謝です。
最後の最後まで
人に迷惑かけて 1人で死んで
遺産を残すどころか 借金を残し
心から軽蔑します
一応 ご冥福をお祈りします
合掌
今の想いを 吐き出させていただきました。
もうすぐ 私の誕生日なので
それまでに スッキリしたかったんです。
こんな恥ずかしいこと
旦那にさえ 全部 話していません。
あの人が亡くなり
本当に ホッとしています。
母がこの事を 知ってるかどうか
妹もわからないそうです。
家族って 何なんでしょう…
自分の実家なのに
まるで他人の集まりのようでした。
だからこそ
私は 結婚に夢見ていたんです。
私の結婚生活も 紆余曲折ありましたが
現在は 幸せです。
自分で作った理想の家族
これからも 大切にしていきたい。
最後になりましたが
私のつまらない話を 読んでくださって
ありがとうございました 
紫式部
